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世界最大のPCメーカーであるHP=ヒューレット・パッカードが、タブレットやスマートフォンの開発を打ち切り、PC部門さえ事業分離などが検討されているというニュースが流れている。かわりに、英国のAutonomyという巨大データ解析を得意とするソフトウェアメーカーを買収するという。
いまではPCメーカーのイメージも強くなったHPだが、実は、業界ではむしろ「PCから遠い」と見られてきた会社である。パソコンやその根幹となるマイクロプロセッサの技術は1970~1980年代にかけて生まれたものだが、その時代に、HPは、エレクトロニクスの盟主といえる企業だった。ところが、パソコンを作らなかった。
同社は、1960年代末に「HP 9100A/B」というプログラミング可能な電卓を作っている。コンピュータというものが机の上にのった、パーソナルコンピューティングに最も近い企業だったといってもよい。ところが、1970年代の後半にIMSAIやAltairが出て、AppleやAtariが出てもこの世界には入ってこなかった。1980年代にPCを作らなかったわけではないが、そのことを知らない人がほとんどだろう。
私にとって、HPは、とても好きなブランドだしその動向も少しは注目してきたつもりだ。同社は、シリコンバレーの発祥となった企業ともいわれるが、その創業のガレージを見にいったこともある。同社が、1978年に発売した「HP-01」という電卓付き腕時計なんて、何個も所有している。
※HP社創業のガレージが左奥に見える(庭の掃除しているのは1996年に撮影当時のこの家のオーナーらしい)。石碑はカリフォルニア州が設置したもの。
仕事でHPのコンピュータを触ったのは、1980年代前半のことだ。HPには、3000や9000といったシリーズがあり、当時は、IBMとの間で、RISC型CPUに関する特許を争っていた。私が使ったマシンでは、米国から流れてきたあるファイルを端末にロードすると、文字だけで本物ソックリのインベーダーゲームが遊べたりしたのを覚えている。つまり、プログラマの遊び心に触れさせてくれたマシンだった。
2007年に、私は、HPがニューヨークで主催した「The Computer is personal again」というキャンペーンのイベントに参加させてもらった。前年から展開されているこのキャンペーンは、「結局、コンピュータというのは個人のためになければいけないんだよ」というニュアンスのもので、とてもすばらしいと思った。私にとっては、コンピュータと個人の関係をちょっと振り返らせてくれた出来事で、《こんな日記》もここで書いている。
ところが、イベントの前日、私の古くからの知り合いでニューヨーク在住のDさんに会うと「えっ、HPってプリンタの会社でしょ?」と言ったのだった。Macユーザーで、Blackberryも知っていて、当時からネットもがんがん使っていた彼女なのだが、HPのことをまるで知らない。私は、HPがいかに凄い会社であるかとか、最高級の聴診器はHP製だったのだよなんて話までしたのだが(ゴムの肌に当てる部分=マウスから2本のホースが直接出ているのがHP製だったのだが医療関連部門はとっくに売却されている)。
実際のところHPが、パソコンの世界でがんがんやり出したのは、それほど古い話ではない。2002年にコンパックを買収して、その後、ゲートウェイの国際部門を担当していたTodd Bradleyがパソコン部門を担当してからだといってもよい。そのたかだか10年くらいの間に、サーバーの会社から個人向けPCの世界にグッと出てきたといえる。
今回のニュースの中では、昨年、Palmを買収するとともにはじめた「WebOS」の事業を打ち切るという内容が含まれているのが1つのポイントとなっている。iOSやAndroid、マイクロソフトまでからんだスマートフォンやタブレットという新市場で、ダークホース的な存在ではあるが、「HPがやるからには」という期待感があった。
HPは、パソコンはあまりやってこなかったが、モバイルではむしろいろいろなアプローチをしてきた会社なのだ。91年に電卓の頂点として「HP 95LX」というスモールコンピュータを発売。 大きさは電卓でも中身は立派なコンピュータという代物で、Lotus 1-2-3という表計算ソフトまで使える。その後も、この分野には、断続的ではあるがやってきて、コンパックの買収で「iPaq」を手に入れた。
しかし、そのiPaqをせっせと作っていた台湾HTCが、いまや世界を代表するスマートフォンメーカーとして独り立ちしているのだ。IBMのパソコン事業が中国Lenovoに身売りされ、Gatewayは台湾のAcerに買われた。HPのPC部門も、中国企業に売却されることになるのではないかという見方をする人もいるようだ。
※私が愛でていまもときどき使っている「HP-29C」は1975年製のLED表示の関数電卓。
HPは、もともとテクノロジーと品質の会社というのが本来のイメージである。質実剛健がモットーで、あるときHPの電卓をバラしてみたところ本体裏側のゴム足(通常粘着式でついている)が、本体内部に貫通して絶対に取れない構造になっていた。1980年代に知る人ぞ知るという存在だった同社のパソコンは、昔のIBMのパソコンと同じく本物の金属製のカギを回さないと動作しないようになっていた。
ニューヨークで行われイベントも、そうした完成度を「パーソナル」では少し違った形で蘇らせるというコンセプトだった。最近のノートPCのデザインフィロソフィーとして掲げられている「HP MUSE」 (materials, usability, sensory appeal & experience)というのは、まさにそういうことなのだが。
とはいえ、HPのパソコンの歴史は、実際にはそんなに長くはないのである。インターネットによって、パソコンへのニーズが高まったことの受け皿としてPCを売りまくった。個人も企業もひっくるめて作れば安くなるというのもあったろう。ところが、その高みから「PCの次」を見てはいたが、うまくリーチできなかったというのが本当だろう。
HPのパーソナル部門の担当者で、同社のPC躍進の立役者といわれるBradley氏は、PalmのCEOをつとめたという経歴の持ち主だ。そのことと、昨年のHPによるPalmの買収とがどう関係するかは私は知らない。しかし、ノキアのCEOが、元マイクロソフトのStephen Elop氏になったとたんに、Windows Phone 7を採用することになった。世界のハイテク企業といえど、「人」というのが戦略を左右するということか。
コンピュータの歴史を見てくると、米国式の企業システムというのが、どうもIT産業に向いているのかどうかあやしいように感じることがある。誰彼がというのではなく、四半期ごとの業績を問われ、フォーチュン500に入るような企業でもトップが数年おきにすげ替えられていく。ITを育ててきたはずの金融資本主義というべきものと、ITというのは必ずしもいつでもマッチするわけではない部分があると思う。
今回のHPのアクションも「正しい」というのがおおかたの評価のようだし、私もそのように思っている。いまは世界最大のパソコンメーカーでも、たかだか10年間がんばっただけではないかという気もする。それよりは、これからのはずのスマートフォンやタブレットの可能世界が1つ減ったのが気になる。これからこの分野はアプリからHTML5に向かうという意見もある(ソフトの動作環境としてはiOSもAndroidも関係なくなる)。HP(Palm)ならではの洗練された端末の進化を見たかったという人も少なくないはずである。
なお、まだこれを書いている段階ではPC部門に対して具体的なアクションがあったのではなく検討されているという情報の範囲なので誤解のないよう。
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