2010年07月
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パソコンとテレビは似ている。画面が中心の装置という点も同じだしそれを人間が見て使うからだ。いまやネットのフロントエンド(出入り口ですね)と化したパソコンだが、要するに、テレビと同じようにネットの売上げの中心は「広告」である。 |
2カ月ほど前に買ったばかりのケータイを洗濯してしまった。脱水したズボンのポケットがゴロンとしていると思ったら、白い「PRISMOID」(au=iida)が出てきた。なんだか、サッパリした感じだったが、電源ボタンを押してみても液晶がチラチラするだけで起動しない。
「みんな今日の天気が悪いのさ。暑くて汗をかいたからズボンを洗ったのだ」
などといっても、いまさら取り返しがつくわけでもない。携帯電話事業者に持っていくと、いわゆる「水没あつかい」と言われてしまうパターンである。ところが、「ケータイを洗濯してしもた」とTwitter上でつぶやいたところ、あっという間にたくさんのRTをいただいたのだ。
「まあ、あれですよ。「iPhone 4を洗濯しちゃった!」とかじゃなくてよかったと思いましょう(w」(toshi_koさん)
というわけなのだが、同業者や携帯電話を設計していた方をはじめとして、どんどんアドバイスも集まってきた。ポイントは、「電源を入れないこと」(実は、これはすでに1回やってしまった)、次に「電池を抜くこと」(これはやりました)、そして内部がサビないうちに「乾燥させること」である。乾燥の仕方としては、以下のような意見が集まった。
1.タオルにくるんでグルングルン回す。
2.冷蔵庫に入れる。
3.ドライヤーで乾かす(後で分かったのは冷風のこと)。
4.天日で3日ほど干す。
5.乾燥剤(シリカゲル)で乾かす。
6.無水アルコールに浸して乾かす。
1の遠心力法は、一見、消極的にみえるかもしれないが、脱水機がそれでやっていることを考えるとあながち悪いアイデアではないのだろう(NACLSINさん)。とりあえず、元携帯電話設計者の@oz_yamadaさんの指示にしたがって冷蔵庫をあけてアロエヨーグルトの上に置いてみる。その間も私のTLの上にはさまざまな意見が飛び交ってきて、より積極的なドライヤー作戦をやってみることにする。
しばしドライヤーをかけていると液晶ディスプレイの周辺が白くなってきたので「ヤバイ!」と思い中断。よく見ると上級者の方々が、アドバイスしてくれたのが無水アルコールだった。アルコールという液体に再度浸すというのが、なんとなく抵抗があり、ケータイの内部で使われている接着剤などに悪影響があるんではないかととどまっていたのだ。
ケータイの内部はシールアンテナが接着剤で貼ってあるのを見たことがあったり、PRISMOIDの背面のプラスチック部材の一部が接着剤で貼ってあることが分かっていたので、アルコールという言葉に抵抗があったのだ。しかし、今回、みんながすすめているのは無水アルコール(エタノール)なのである。
そこで、千石にある24時までやっている薬局の「ぱぱす」まで車をとばしてみた。閉店10分前、ところが、なぜか無水アルコール(エタノール)のあったところだけがガランとあいていて値札だけが残っている。失意のあまり乾燥剤を買うというセカンドチョイスを思いつかないまま自宅に戻ってしまった。家にあるのは、買い置きしてある越後製菓『大柿(ピー入り)』(味の追求シリーズ)の小さなシリカゲルなんかをかきあつめても10個くらいである。
やむをえず、パソコンの上部やコクーンの上など、室内で暖かくなるところに一昼夜置いてみて、ふたたび電源を入れてみる。ところが、またしても液晶がチラチラするだけで、本体が起動するまでいかない。実は、乾燥途中で残った水分の溶けた成分の濃度が高い状態でスイッチを入れるのが、いちばんよくないらしい。ダメかな~。
「このハイテク時代に、洗濯機に異物混入警告機能がついていないのはなぜだろう?」
などという発想も、こういう時にはグングン沸いてくる。洗濯を開始する前に、グルン、グルンと空回りして、水量を自動調整、投入する粉石けんの量を指定してくるくらいなんだから、異物混入くらい教えてくれよ。何か、洗濯物のプライバシー侵害になるとかの決まりでもあるのか?
そこで思い出したのは、『月刊アスキー』にかつて連載していただいたスタジオ・ゲンの宮沢丈夫さんから聞いたお話だ。1980年代後半、宮沢さんはニューラル・ネットワークとか、遺伝的アルゴリズムとか、ファジー理論なんかの記事を書いていただいた。その宮沢氏が、あるとき何かのショウに出かけたときのことだ。ある家電メーカーの方が、宮沢さんの名札を見つけて歩み寄ってくると、「うちの洗濯機のニューロ・ファジーは、宮沢さんの記事のプログラムを使っています」と言ったとか。
宮沢さんの記事は、フラクタル圧縮かなにかの企画を進行中に、お仕事が忙しくなり中断したままだったと思う。もし、「マルコフ過程を応用した洗濯槽の異物混入発見アルゴリズム」とかいった記事をやってもらっていたら、私のケータイも水没処理になることもなかったのではないか?
ところで、この話、たまたまアメリカ人女性にすることになった。するとやはり、ケータイを洗濯したことがあるという。そこで、米国でポピュラーな洗濯ケータイの救出法というのを聞いてみた。それと、ネットでザッと洗ってみた結果、米国でポピュラーな洗濯ケータイの救出法は、以下のとおり(最初の2個が直接教えてもらったもの=日本の対処法に続けて連番してみましょう)。
7.靴下に入れて乾燥機で乾かす。
8.米と一緒にジップロックに入れて乾燥。
9.専用乾燥剤と一緒にジップロックに入れて乾燥。
10.掃除機で乾燥する(ドライヤーはダメ)。
11.業者に出す。
なんとなく、国民性が出ているような気もするが(ドライヤー->乾燥機とか)、やはり、「米」というのが気になるでしょう。「米国では、米で乾かすというのはポピュラーなんですか?」と聞くと、「日本と違って米国は米が安いのですよ」という意外な返事が返ってきた。「お米を大切に一粒も残さず食べましょう」と教えられてきた日本人としては、なんだか気になる方法だが、これが集約農業というものか? 日本ではあまり知られていないし効果も疑問を持たれる方が多いと思うが、彼女によると誰でも知っているような方法らしい。ちなみに、私は、米国のワイルドライス系の料理は大好きだ。
「靴下に入れて」というのも、なんだか米国らしい。「乾燥機」(clothes dryer)というのが、日本みたいにガランゴロンやるものなのか、浴室乾燥みたいな感じなのかは聞き忘れたのだが……。たぶん、ショックがある方法はやめたほうがよいでしょうね。
米国は、映画なんかを見ていても服を着たまま湖やプールに飛びこんでしまうシーンが多いということで、ケータイの水没というネタはポピュラーらしい。そのため専用の乾燥剤や業者というものが存在する(日本にもある?)。業者の場合、濡れてから2日を目処にジップロックに入れて郵送すれば、数十ドルでケータイを復旧してくれるなんて広告を出していたりする(もちろん送るのは早いほうがよいが一刻を争うという意見が多い日本に比べてどこかおおらか)。
結論。
洗濯してしまったケータイの救出法。どこまでもマシンにやさしくマイルドに行きたい場合は、米国式の「掃除機法」+「米乾燥法」がよいのではないかと思う。そして、積極的にやりたい方は「無水アルコール法」である。以下に、ベスト手順を検討した結果をまとめます。
▼マイルド法
1.電池をはずす(SIMやメモリカードも)。
2.本体や電池をよく拭く。
3.掃除機で吸い込むようにして乾燥。
4.米や乾燥剤とジップロックに入れて乾燥。
5.1日以上経過したところで取り出す。
▼積極法
1.電池を外す(SIMやメモリカードも)。
2.本体や電池をよく拭く。
3.本体を無水アルコール(エタノール99%以上)に浸す。
4.乾燥させる。
5.1日以上経過したところで電源を入れる。
私の場合、冷蔵庫とドライヤーをやってパソコン上で1日干した後、天日干し1日で、おかげさまでなんとか復活することができました。本当にみなさまのおかげです。ところで、天日干し法でうまくいった気分からすると、1つだけ発見というか、これが“真理”なんではないかというものに思い当たる。つまり、米国でポピュラーだという靴下に入れて乾燥機で乾かすって、なんのことはない、
「洗ったものは干す」
ということではないのか? そんなわけで、オマケとしてもう1つの方法を紹介しておきましょう。
▼なりゆき方法
1.電池を外す(SIMやメモリカードも)。
2.本体や電池をよく拭く。
3.ほかの洗濯ものと一緒に乾燥機にかける。
4.1日以上経過したところで電源を入れる。
実は、ケータイもそれを望んでいるのかもしれません。そんなことはないですかね? ゴロンゴロン式の乾燥機はダメですね。いずれの方法も、試される方は自己責任で行ってください。
※洗濯機の中でグルングルンと洗われてから苦節3日、私のPRISMOIDは復活した。本人しか感動しない写真ですが、一応あげておきます。
ところで、「洗濯ボタンを押すと異物混入を調べてくれる」機能、日本の洗濯機のメーカーは対応してくれませんかね? それともう1つ、洗濯機に欲しい機能があることに気が付きました。それは、「脱水が終了したあとフタを開けると、自宅付近のピンポイント天気予報を教えてくれる」機能です。もちろん、最初に教えてくれてもいいのだが、乾いた服が欲しいというのが目的なので、乾燥機付きならこのほうが人間っぽいんではないか?
どですかね?
※復活後の私のPRISMOIDにはこんなシールを貼ってしまいました(ラクーアのコミュニケーションマニアにて購入)。似合うでしょう!
なお、もっといい「洗濯ケータイ」の救出法をご存じの方は、@hortense667 宛てお知らせあれ。
関連togetter:http://togetter.com/li/36573
ハードディスクの中で探しものをしていたら「オヤ、こんな原稿が?」というのがあった。自分でも忘れていたのだが、ネットが普及しはじめた1997年頃に『月刊アスキー』に書いたものである。説明するよりも、そのまま引用してしまったほうが早い。Twitterのコミュニケーションが凄く興味深いと思うけどメールでもすでにいろいろあるなと思った。こういうものがからみあって、いまのネット社会を作り上げているのかもしれません。
便利で,役に立つ,知って得する,誰かに教えたくなる!
インターネット
ちょbitいい話
volume2
失敗しないラブラブ電子メール
今月と来月,2回にわたって電子メールの困ったちゃんについてお届けする。あるときはビジネスの必須兵器として,あるときは同級会のお知らせの手段として,そして,またあるときはラブラブな愛のキューピッドの役目もおおせつかる電子メールの落とし穴。
オフィスのボタン戦争
Z氏は,あるとき次のようなメールをもらった。
>いやです
このたった1行のメールを見てドキッとしたのだが,送り主を見ると同僚のQからのものだった。
そういえば,少し前,同じようなシュチエーションの富士通のFMVのテレビコマーシャルがあった。
高倉の健さんがインターネットを始めてメールが届いている。開くと,
>ヨワムシ
とだけ書いてある。そこを肩越しに倍賞千恵子に見られてしまうのである。
ZとQの間に健さんと倍賞さんの(コマーシャルの中での)関係のようなものはないようだ。それじゃ,そのメールの意味はというと,どうもこういうことだったらしい。つまり,ほんのちょっと前に別の同僚VとZの口頭での会話にQの名前が出てきて,Qが電子メールで反対意見を言ってきたものらしい(ホントにややこしいというか,普通こんなことしませんよネ)。
電子メールが,コミュニケーションの道具である以上,その用途は無限に広がる。用途が無限に広がるからには,それがもたらす可能性もはかり知れないものがある。「いやです」とか「ヨワムシ」とかそういうメールのなんと味わい深いことか! しかし,そんな場合にも十分に注意しなければならないことがある。
たとえば,あるときある会社のオフィスで次のようなことが起こった。
つまり,庶務のX子が,突然,その部署の全員に同じ内容の電子メールを送り付けてきたのだ。
>こんにちは、こんどの月曜日は空いています。
>それでは、バイビ~~。
とだいたい,こんな感じだったらしい(実は,正確に記録されていないので,もらった人の記憶をもとに再現してもらったのだが,本人に申し訳ないし,著作権の問題もあるのでこれで勘弁していただきたい)。
こういう電子メールをもらうと,誰でもちょっと幸せな気分になるものだ。しかし,多くの人は,すぐにそれは自分宛てのものではないと理解した。
なにかの間違いでは? そのとおり。ほとんど絶対に間違いであることがいろいろな状況から明らかだった。X子が自分にそんな電子メールを送ってくるはずはない。
オフィス内のLAN環境で電子メールを使ったことのある人なら,だいたいの想像はできるだろう。電話帳というものがあって,その中にズラリと社員の名前が並んでいて,その同じ並びの中に「~部全員」というボタンもあるのだ。
誰かさん宛てに送るつもりのラブラブ電子メールが,マウスの操作を1.5cmほど誤っただけで,オフィスの全員に送られてしまうことはままあることなのである。たった1.5cmのことで,結果に重大な差が生じてしまうのである! これは,もう「オフィスのボタン戦争」と言わずしてどうしよう(ルイ・ペルゴーの『ボタン戦争』ではなくて,米ソ冷戦下,大陸間弾道弾のボタンだけが戦争と言われた「ボタン戦争」)。
どこの誰が,いつもまったく正しく,数ミリの誤差もなくマウスカーソルを合わせてクリックできると保証できるだろう。事実,これに似た事件のお話は,少しネットワークにかかわっている人に聞けばすぐに1つや2つは出てくるし,新聞や週刊誌で取り上げられるほどのちょっとややこしいほどの話もあった。
さて,事件があってから数日ほどして,今度は,X子からオフィスの全員に,今度は正しく全員に向けて書かれたと思われる電子メールが届いた。
>こないだのメールはXXくんに書いたもので~す。
なるほど,なんともはや現代っ子(死語ですな)。あのラブラブの電子メールがXXくんへのものだったとは。はいはい。よかったねー。ちゃんと皆にも迷惑をお詫びしている感じだし。大変結構。
これで,オフィスのほとんどの人は納得したわけである。
ところが,一部,オフィスの事情通によると,実は,X子はXXに頼んで名前を貸してもらったのだというのだ。これはあくまで事情通たちによるもので真相は定かではないが,だとすると,X子は1度は間違ってラブラブ電子メールを全員に送るという失敗をしたが,数日後には,すぐさま立ち直り,その電子メールの全員向けボタンを使って,ちゃっかり逆宣伝をしてしまったというわけなのだ。
なんともあなどりがたしゲッペルスX。ここまでバラしてゴメンね。
『dancyu』2010年8月号「今日はカレーだっ!」。紹介店の数の割には「ここ行きたいなぁ」というお店がいくつも。ナイルレストランの三代目ナイル善己さんが、カレーの作り方を8ページにわたって伝授。未来のナイルレストランは、いまとはまた違った魅力の世界に広がるかもしれません。最近、気に入っている「タピ」(大久保)や「コチニヴァース」(西新宿)が入っていたのもうれしいところ。以下、自分メモ。
▼ザカリ 新橋/香辛料卸業の店主。
▼想いの木 神楽坂/インド料理の高級店とな。
▼CURRY UP 原宿・北参道/サラサラ系。コンビネーションもよさげ。
▼KORMA 浅草/下町テイストのインドカレーとか。
▼奥芝商店 八王子/札幌奥芝商店が東京に。
▼スプーン 西荻窪/フレンチのカレー。
※以上『dancyu』から行ってみたいお店。
『dancyu』のカレー特集のほかに、『大人の定番カレー』、『カレーの心得』と出ていますが、前者は、欧風・和風もしっかり入っていてタイトルのとおりカレー・クレイジー向けというわけではありません。「この季節、カレーかな」というオヤジの雰囲気。後者は、同じエイ出版の『カレー東京』で62皿だったのを100皿まで強引に改訂・拡大した内容で、「ひたすらもうカレー」というなりふり構わない感じになってる(私も麹町アジャンタをおススメしています)。
▼ダクシン 馬喰町/南インド・バンガロール料理。
▼ゴーヴィンダス 中野/ベジタリアン。
▼Curry草枕 新宿三丁目/野菜系増えてますね。
▼Yellow Company 恵比寿/豚角煮&ベジタブル旨そう。
▼SHANTi 原宿・神宮前/スープがオリジナルとサイゴン。
▼ペチコートレーン 団子坂下/タイカレー、キーマカレー。
▼農民カフェ 下北沢/農民カレー。
▼Banda 代々木公園/健康有機野菜栄養バランスカレー。
※以上『大人の定番カレー』で行ってみたい店。
▼マジックスパイス 下北沢/健康野菜系。
▼ナーガルジュナ 若松河田/ムガール宮廷+フレンチ+イタリアンとな。
▼ヴェジハーブサーガ 御徒町/南インド野菜系。
▼BlueSkyTHAILAND 末広町/ソフトシェルクラブと玉子カレー炒め食べたい。
▼おまかせ亭 渋谷・宮益坂付近/冷やし野菜カレー。
▼カレー屋Nagafuchi 新橋/ドライカレーにシャーベットが。
▼ホーカーズ 田町/カレー炒飯。店主は元アジア旅行雑誌編集者とか。
※以上『カレーの心得』で行ってみたい店。
なんというか、野菜・健康・無農薬を、日本のいまのファッションみたいな感じで、自由にカレーにして作って出しているお店が増えているのも楽しいです。それって、ひょっとしたらカレーというカテゴリーでは括りきれない、いまの日本の精神文化みたいなもんになっている気がします。個人的にいま気になっている「東Tokyo」とか、そういうお店が、これから集中的に増えてくるような予感もします。ときに、『大人の定番~』には、その元祖的存在といっていい中野のカルマが堂々掲載されていて、ちょっとうれしくなりました。丸山さん、元気かなー。
@hoetense667
#currytokyo
1970年代に少しでもコンピュータに触れたことのある人なら、「NOVA」というコンピュータのことをご存じだろう。いま「NOVA」といっても「英会話学校?」と返されそうだが、1969年に米データゼネラルが発売したコンピュータで、1970年代に市場を席巻した。いまiPhone4やiPadが人々をわくわくさせている以上のインパクトを、当時のコンピュータ業界の人たちに与えた可能性がある。なぜならアップルの製品は、いままでのコンピュータ技術の積み重ねの上に絶妙なバランスとタイミングで立っているようなものだ。NOVAもまた、時代とタイミングの申し子だが、現在に通ずるコンピュータ独特の現象を最初に強烈に示したものの1つだからだ。
1960年代終わり、「IBMと七人の小人」といわれた米国のコンピュータ業界に、突如としてミニコンピュータの波がやってくる。それまで大企業や大学・政府機関(とりわけ米国では政府機関の導入がコンピュータ産業の育てた)などで使われてきた由緒正しきコンピュータと異なり、自分でメンテできるほどの知識を持つ新しいが潜在的には存在したユーザー層が、この新しいコンピュータを受け入れた。
それは、いわば情報民主主義とでもいうべきものを最初に体現したのだと、大げさに言い切ってみてもあながち反論はないと思われる。ムーアの法則によって、半導体技術は、毎年のようにチップの価格性能比を上げ、ついにはベンチャーや小さな研究室でも使えるものにしたということなのだ。いうまでもなく、これが、その後のマイコン革命に繋がることになる。
もっとも、最初にコンピュータの世界で、ミニコンピュータの有用性を示したのは、データゼネラルではなかった。米国で商業的に成功した最初のミニコンメーカーは、間違いなくDEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)だ。事実、DECのPDPシリーズは、大学や研究室で画期的なソフトウェアが動いたときにそれを走らせたコンピュータとしてしばしば名前がでてくる。たとえば、世界最初のコンピュータゲームとされるものは、DECが無償で大学に提供したミニコンの上で動き、米国中の大学に広がっていったのだ。
このDECの屋台骨を築いたのは、「PDP-8」というコンピュータで、当時20代だったエドソン・デ・カストロという人物がその開発チームを率いたといわれる。データゼネラルは、このデ・カストロと、2人の若いエンジニアが設立した会社なのだった。少し違ったのは、DECが、純粋に技術から出てきた会社に見えるのに対して、データゼネラルは、70年代に巻き起こった、半導体技術によるゴールドラッシュの渦中で生まれた会社だということだ。
同社は、当時「過去、こんなに急成長をした会社はない」と称され、わずか10年で『フォーチュン500』に名前を連ねる。日本でも、「日本ミニ・コンピュータ」という会社名で(Wikipediaにはこのあたりのことが記されていないのだが)、この“超新星”と名づけられたマシンを売りまくっていた。
ところが、1970年代後半まで破竹の勢いだったデータゼネラルも、カストロの古巣DECが発売した新型コンピュータによって状況は一変する。1978年に、DECが32ビットの“スーパーミニ”と当時呼ばれた「VAX-11/780」を発売したからだ。
VAX-11/780が、どれだけのインパクトを持っていたかは、私自身、1980年頃にある高速データベースのプロジェクトでそれを目の当たりにした。マシンのどのシステムコールを見ても、どのマニュアルを開いても、それまでのミニコンピュータとは違っていた。凝りに凝ったプログラムを、サラリと計算して、VT-52端末にダーッと表示して見せる。当時の国産ミニコンと異なる32ビットアドレッシングによる巨大なメモリ空間は、まるで新しい宇宙のように見えた。実は、いまのPCはこのマシンの圧縮版のように見える(DIRでファイルを表示したのはDOSの世界と似ているが)。
つまり、コンピュータ業界に映画『スターウォーズ』のようなことが起こったのだ。このたとえが適切かどうかは大変にあやしいが、デ・カストロは、突如として市場にあらわれたダースベーダーの振り回すライトサーベルの前に、いいようにやられ始めたのだ。苦しい戦いの中で、彼らは、これを超える32ビットコンピュータの開発をしようと試みることになる。
このようすを克明に伝えたのが『超マシン誕生』という、1982年にピューリッツァー賞を受賞したドキュメンタリーである。コンピュータ書としては絶対に外せない1冊なのだが、なんと、まったく有難いことに新訳・新装版というものが出来した。『超マシン誕生』(トレイシー・キダー著、糸川洋訳、日経BP社刊)である。
「1980年頃の話をなぜいま?」と思われる人も多いだろう。「ミニコンピュータ」という製品カテゴリそのものが、いまの人たちには理解されない可能性もある。しかし、この時代に米国で起こったこの出来事は、記憶に残しておくべきなのだ。『超マシン誕生』によれば、データゼネラルが操業した当時には、米国では3日1社の割合で、ミニコンピュータを製造する企業が生まれていた。そんな中で、データゼネラルはまたたく間に勝ち残り、やがてダースベーダーと宿命の対決をすることになる。
それはネットやクラウドやソーシャルメディアというような言葉が使われるようになったいまの時代になっても、たえず繰り返されている「神話」の原型というべきものである。原著のタイトルは“The Soul of A New Machine”だというとおり、それは、人がコンピュータの開発にかかわるときの魂の葛藤なのである。
たまたま、私は、『日本人がコンピュータを作った!』(アスキー新書)を出したばかりで、日本のコンピュータの黎明期に活躍したエンジニアたちへのインタビューをまとめていた(これは『計算機屋かく戦えり』という書名で96年に出版したものを再編集したものなのだが)。『超マシン誕生』は、私の本の中には出てこない米国で少し遅れて起きたできごとについてのものだ。
私の本では、国産コンピュータのスピリットが、80年代の日本の民生品や産業機器のエレクトロニクスの中に無意識下に受け継がれたというようなイメージを持たれた人も多いと思う。それに対して、米国では、マイクロエレクトロニクスの結実が、“スーパーミニ”と当時いわれたコンピュータや、パーソナルコンピュータとしてより顕著にあらわれる。そして、その開発ストーリーは、いまのネットやシステムへと通低する何かを持ちえているのである。
『超マシン誕生』は、『日本人がコンピュータを作った!』と合わせて読んでいただくとより多くのものが見える本なのである。
『超マシン誕生』
『日本人がコンピュータを作った!』
東京カレーニュース
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