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『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(http://www.ascii.co.jp/books/books/detail/978-4-04- 867240-5.shtml)の中に「グーグルの価値は<量>だ」という意味のくだりがある。米国の調査会社ガートナーが、グーグルのサーバーの数を100万台と推定して話題となった。ネットクラフトによると、彼らが調査して世界のサーバーの10%近くが、グーグルのサーバーソフトを使っているという(つまり、グーグルのサーバーにある)。もちろん、グーグルは技術の会社なのは間違いないが、最大の価値は、その巨大なサーバー群にあるんではないか? 考えてみれば、紙や印刷の発明も、これと似たような関係にあるような気もする。それによって、大量の情報を複製して容易に保存、アクセス可能にするからだ。その意味では、グーグルは、人の情報に対する営みという観点からすれば伝統的なアプローチなのかもしれない。だからそれを信じて突っ走っているグーグルを誰もストップできない。
ところで、なんでこんなのことを書くのかというと「グーグルの Lively どうなのよ?」ということを何度か聞かれたからだ。「Google Lively」(http://www.lively.com/html/landing.html)は、「グーグルのSecondLifeみたいな奴」と言われているものである。私は、まだデモしか見ていなくて「Second Lifeに米国アニメの融合した奴」くらいの印象しか持っていない。米国アニメの中でもハンナ・バーバラやディズニーではなくて、どちらかというとワーナー・ブラザーズ系の「Speedy Gonzales」みたいな感じだ。私は、これのゲームボーイ用のソフトにはまったことがあるが、テクスメクス版ソニック・ザ・ヘッジホッグという感じのいかした田舎感覚だった。そんな印象をともなうLivelyは、たしかに、いままでグーグルが提供してきたサービスとはちょっと違ったものかもしれない。
私の1年くらい前までのグーグルに対する印象は、「ピタゴラス教団」みたいな感じである。詳しい人には、「それ違うよ」とか「もっとこうだよ」とか教えて欲しいのだが、なにしろピタゴラス教団の神は「数」だとか。なんとカッコいい! そして、ローマ軍がやってきたとき、地面に図を描いて研究活動をしていたピタゴラスは、「オレの描いた線を踏むな」と言ったとか。たぶん、いまの時代にいたら彼らはハッカー集団ともいうべきものではないかと、私は想像してしまうわけなのだ。そして、その権化が、一時期、グーグルのように見えた気がした時期があった。Yahooが俗っぽいエンタメや生活系の情報を扱い、AmazonやeBayが買い物という俗っぽいことで商売しているのに対して、グーグルは、世界中の情報にインデックスを付ける。世界の本を電子化するなど、かなり高尚な感じがしたのである。
それに対して、Livelyは、メキシコ系のチョロねずみのイメージなのだ(それは、Livelyをやっていないからだと言われそうだが)。しかし、まあ考えてみればグーグルの価値は「量」だったのだ。紙や印刷が、エロ本でもインチキ本でも、教科書でも聖書でも、ラジオライフでも本の雑誌でも、なんでも印刷して配ってしまうのだからグーグルもなんでもありなのだ。そして、グーグルのような会社の魅力は、そのインフラの上で「冗談のようなことが本当になってしまう」ことではないかと思う。そういえば、『ジェネラルパーパス・テクノロジー』の中で、「Google Ride Finder」(http://labs.google.com/ridefinder)(都市の地図上で本物のタクシーの現在位置がクレージーラリーのように見れるサービス)のことを紹介して、ほとんどゲームか何かの画面のようだと書いていた。Lively が「どうなの?」と聞かれてしまうのは、このタイミングでは冗談っぽさが足りないからだ。
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