2008年08月
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 平成13年3月に発表された「秋葉原開発街作りガイドライン」は、青物市場跡地を“24時間活動可能な世界的なIT関連拠点にする”とうたった。そして“秋葉原ITセンター”と仮称された現秋葉原クロスフィールドや秋葉原UDXに、最もふさわしいイベントが電脳空間カウボーイたちによる「天下一カウボーイ大会」である……と石原都知事に言いたい(http://onosendai.jp/championship2008/index.html)。今回は、今年1月に続いて第二回。いやー楽しかった。テーマは「暴れコンピューティング」。どれも盛り上がったのだが、“風流”を是とする私としては、小野和俊さんの「プログラマを怒らせるとどうなるか?」という話、近藤誠さんのポエムもよかった、それから稲見昌彦さんのラスベガス入場禁止メガネも唸らせるものがありました。電脳空間カウボーイズ(http://keith.weblogs.jp/cyberspace/)のみなさまお疲れさまでした。


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 プログラマたちを祝福する「alty party」でお土産に配られた「CyberSpaceCurryBoys」。 前回は、米国プログラマのソウルフード「REDVINES」が配られた。alty氏によると米マイクロソフト社ではみんなこれを食べながらコードを書いている。中空棒状ゴム質ゲロマズな食べ物だが、彼らはこれ1本で3行くらいの割合で摂取している。ある日、あるプログラマの部屋を覗いたらグルグルに巻いた長いコードのようなものを連続的に口に取り込みながらキーボードを叩いている奴がいる。よく見ると、それは工場出荷前の切り分けてパッケージングする前のREDVINESで、「これでは絶対にかなわない」と思ったそうだ。その点、今回のお土産は日本のプログラマのソウルフードとして定着しているカレー。私は一足先に試食させてもらいました(http://ameblo.jp/cscurryboys/entry-10130775519.html)。


 これから定着していきそうなのが、写真+位置情報。秋葉原のモバイルプラザで「HOLUX M-241」(GPSロガー=http://www.holux.com/)を購入。1日ぶら下げて歩いていると、Google Earth上に自分の行動軌跡を描ける。その日撮影したデジカメ画像にも位置情報を埋め込める。「Panoramino」(http:// www.panoramio.com/)にブチ込めば、写真の右側に撮影位置が表示されるようになる(画面参照)。要するに『マイノリティレポート』(数十年後の世界を未来考証した映画ですね)の世界を、一足先に体験してみましょうみたいなことに役に立つ。

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 そこで、さっそくkiplingがかつて出していた「HACKER」ブランドのバッグにM-241を装着して出かけてみた。付属ユーティリティもあるが、JPEG画像との位置情報のマッチングは、Kozo MIZUTANIさんの「Jpeg GPX Merger」(http://mkozo.agentier.com/gpx-merger/)がすばらしい。これだけ使えるとなると、これからカメラにGPS内蔵が当たり前になるのか? とも考えたが、やっぱりロガーはリュックの背中なんかがいいみたい。となると、Bluetoothでカメラとやりか? だったら、「EyeFi」(http://www.eye.fi/)みたいにSDカードにBluetooth機能をもたせて、「EyeTooth」なんてのはどうか? シャッターを押すたびにJPEGに位置情報を持ってきて埋めてしまう。KMLファイルもSD側に作っていくのはどうでしょう。本体のほうも「ウロチョロガー」みたいな訴求力のある名前で発売だ。

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 交通会館展望レストランがサンダーバード的でカッコいい(もっとも、サンダーバードは65年、交通会館は63年とか)。地図にはしっかり撮影場所のマロニエゲート(シンガポールレストランから)がポイントされてます。

 最後に出かけたのは20年くらい前なんだと思う。コミックマーケットこと「コミケ」に出かけてイカした本を何冊か買ってきた。『ぶるる香港』、『AMAZING スパえもん』、『AK-47 取扱説明書 日本語版』、『机上理論学会2008年前期論文集』、『NUMB3RS Fan fiction』×4冊、『漫画の手帖』(no.54、55)ほか17冊ほど。いやー、結構、楽しいー。『漫画の手帖』は、パラパラとやってみると、堀内満里子とか蛭児神健[元]とか楽書館とか、なつかしい文字が飛び込んでくる。ヘトヘトになりながら、りんかい線から有楽町線と乗り継いで読んでいると、なんと私の名前まで出てきた(どんなところで出てきたかはno.54をご覧アレ)。なんとなく時間が止まっている感じだが、実は、コミケ自体も20年前とはあまり変わっていない気がする。あまりに汗びっしょりになったので帰社前に自宅でシャワーをあびることにした。『漫画の手帖』が何冊かあったのを思い出して探してみるとありました。5号(1981年 AUTUMN)と9号(1982年 AUTUMN)。なんと、お値段が150円と変わっていないのにビックリ。それを、また読み込んでみる。ちなみに、体重を測ったら600グラムほど減っていました。


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 iPhoneの日本語入力方式については、いろいろな意見がある。iPhoneは、いわば毛筆の「はね」のような感覚で入力できるところが面白い。「あ」の音は「とめ」のような感覚だ。なので、ちょっぴり日本語の入力にふさわしいような雰囲気もある。もっとも、個人的には「iPhoneって、なぜポケベル打ちが使えないんですか?」という気持ちもある。ポケベル打ちは明確に2タッチで1つの音を入力する。どこか信号のような楽器のような感覚になる。「とめ」「はね」がいいか、「信号」「楽器」がいいか?

 しばらく使っていると、iPhoneの日本語入力とポケベル打ちはちょっと似ているということに気づく。「あかさたな…」をまず選び、次に母音を指定するからだ。要するに、ローマ字入力ということなのだが、iPhoneのほうは「ギグガグ感」とでもいうべきものがある(喋りながらアゴをずらすような連想からか)。それで思い出したのは、親指シフトと新JIS方式の関係である。どちらも同時シフトによって打鍵速度を上げようという発想だったが、新JISはキーボード手前両側に同時シフトキーがあった。あれで、リズミカルに日本語が打てる人がいたのか疑問である。iPhoneの日本語入力は、そんな妙なことにはなっていないのではあるが。

 キーボードといえば、リュウドの「RBK-2100BTJ」を使ってみた。同社お得意の折りたたみ式キーボード。私も、 Advanced W-ZERO3 [es]で「RBK-2000BTII」を使っていたが、今回、JIS配列になって再デビューしたというものだ。写真のとおり、それによってカーソルキーまわりの配列がとっても自然に使えるようになったのは有り難い。そしてまた、RBK-2000BTでは中央手前のスペースバーが左右に分かれていたが、今回は右側が「変換」、左側が「スペースバー」となった。実は、これによってem1keyで親指シフトする人には、なにかと都合がよいことになった。詳しくは、em1keyとか親指シフトで検索されたし。そのとき、em1keyに与えるscriptcommand.txtを書いてみた。以下のファイルをダウンロードして「scriptcommand.txt」とリネームするとW-ZERO3類やEM ONEなどで親指シフトできます。

「scriptcommand.txt」ファイルをダウンロード

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 RBK-2100BTJのキー配置のおかげで、ほとんどフツーのUSB外付けキーボードの感覚で使えます。RBK-2000BTIIは、富士通のFMV LOOX Uでも使ったりしてみたが、1個持っていると「パソコン持っていくほどの気分じゃないんだけどなー」というときに、PDAが強力な発信ツールに返信すること請け合いである(WZ pocketやQmail3と組をあせ)。

▼オノナツメ『not simple』読了。銀座ナイルで『知られざるインド独立闘争[A・M・ナイル回想録]新版』を買う。

 『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(http://www.ascii.co.jp/books/books/detail/978-4-04- 867240-5.shtml)の中に「グーグルの価値は<量>だ」という意味のくだりがある。米国の調査会社ガートナーが、グーグルのサーバーの数を100万台と推定して話題となった。ネットクラフトによると、彼らが調査して世界のサーバーの10%近くが、グーグルのサーバーソフトを使っているという(つまり、グーグルのサーバーにある)。もちろん、グーグルは技術の会社なのは間違いないが、最大の価値は、その巨大なサーバー群にあるんではないか? 考えてみれば、紙や印刷の発明も、これと似たような関係にあるような気もする。それによって、大量の情報を複製して容易に保存、アクセス可能にするからだ。その意味では、グーグルは、人の情報に対する営みという観点からすれば伝統的なアプローチなのかもしれない。だからそれを信じて突っ走っているグーグルを誰もストップできない。

 ところで、なんでこんなのことを書くのかというと「グーグルの Lively どうなのよ?」ということを何度か聞かれたからだ。「Google Lively」(http://www.lively.com/html/landing.html)は、「グーグルのSecondLifeみたいな奴」と言われているものである。私は、まだデモしか見ていなくて「Second Lifeに米国アニメの融合した奴」くらいの印象しか持っていない。米国アニメの中でもハンナ・バーバラやディズニーではなくて、どちらかというとワーナー・ブラザーズ系の「Speedy Gonzales」みたいな感じだ。私は、これのゲームボーイ用のソフトにはまったことがあるが、テクスメクス版ソニック・ザ・ヘッジホッグという感じのいかした田舎感覚だった。そんな印象をともなうLivelyは、たしかに、いままでグーグルが提供してきたサービスとはちょっと違ったものかもしれない。

 私の1年くらい前までのグーグルに対する印象は、「ピタゴラス教団」みたいな感じである。詳しい人には、「それ違うよ」とか「もっとこうだよ」とか教えて欲しいのだが、なにしろピタゴラス教団の神は「数」だとか。なんとカッコいい! そして、ローマ軍がやってきたとき、地面に図を描いて研究活動をしていたピタゴラスは、「オレの描いた線を踏むな」と言ったとか。たぶん、いまの時代にいたら彼らはハッカー集団ともいうべきものではないかと、私は想像してしまうわけなのだ。そして、その権化が、一時期、グーグルのように見えた気がした時期があった。Yahooが俗っぽいエンタメや生活系の情報を扱い、AmazonやeBayが買い物という俗っぽいことで商売しているのに対して、グーグルは、世界中の情報にインデックスを付ける。世界の本を電子化するなど、かなり高尚な感じがしたのである。

 それに対して、Livelyは、メキシコ系のチョロねずみのイメージなのだ(それは、Livelyをやっていないからだと言われそうだが)。しかし、まあ考えてみればグーグルの価値は「量」だったのだ。紙や印刷が、エロ本でもインチキ本でも、教科書でも聖書でも、ラジオライフでも本の雑誌でも、なんでも印刷して配ってしまうのだからグーグルもなんでもありなのだ。そして、グーグルのような会社の魅力は、そのインフラの上で「冗談のようなことが本当になってしまう」ことではないかと思う。そういえば、『ジェネラルパーパス・テクノロジー』の中で、「Google Ride Finder」(http://labs.google.com/ridefinder)(都市の地図上で本物のタクシーの現在位置がクレージーラリーのように見れるサービス)のことを紹介して、ほとんどゲームか何かの画面のようだと書いていた。Lively が「どうなの?」と聞かれてしまうのは、このタイミングでは冗談っぽさが足りないからだ。


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