« 吉本隆明によれば「カレーの古典時代は終わった」 | メイン | 日本の経営はITを理解していない »

百味箪笥とシンキのカレー

カレー中心主義の食生活 , 近代プログラマの夕4

Posted at 2008/07/13 04:16:39 by hortense

 7月10日、代々木上原のPlug-in CafeでKNN神田さん主催の「祝!iPhone発売前夜祭"iPhone Night" 」。林信行氏、チバヒデトシ氏らとiPhoneについて喋る。イベントが終わったら、プレジデント社のIさんがやってきて、「dancyu編集部から伝言をあずかってきました」と言われる。7月7日のこの日記“吉本隆明によれば「カレーの古典時代は終わった」”について、「3600食という数字は、表に出てくる数字であって本当はもっと食べている」とのこと。それって、たぶん1万食くらいになるということ? やっぱり、そうでないとねー(そういえば、ちょっと前にこんな記事も話題になりました)。それより意外だったのは、1990年の創刊から数えてまだ13回目のカレー特集だということだ。「男子~」がdancyuの「dan」の意味だというのなら、男の子の大好きなカレー特集はもっとやっていたのではないかと勝手に想像していたからだ。


_640_P7131175.jpg

 男の子がカレーを好きなのは、そのお皿の上に、未知のものへの憧れを重ているからではないかと思う。誰の脳みその中にもその人なりの百味箪笥というものがあるでしょう。どんなカレーを食べるときにも、その箪笥の小さな引き出しをあれこれと開けてみる気持ちよさというものがある。つまり、舌と脳みそが直結する食べ物。そんなことを考えていると、「これ食べれるか?」とか「これを食べると旨いか?」が、サイエンスの始まりだとも思えてくる。料理というものは、本来、そういう自然科学的なところがあっていまさら何を言っているの? と言われそうではありますが。とにかく、dancyuは、もっとカレーとかの話をやるべきだと思うのですが。


_640_P7131179.jpg

 ところで、最近の私のいちばんのオキニなカレーは、神田錦町の「シャヒダワット」のシンキのスープ(上の写真=失礼しました。カレーではありません)。入っているのはチベットのオシンコみたいなもんらしい(メニューにはない料理です=いつもある材料ではないらしくお店に迷惑かかるか?)。ちょっとしみじみ自分も沢庵でカレーを作れないものか? などと想像するのが楽しい。ところで、「電脳空間カウボーイ」にシャヒダワットでのお喋りが上がっている(http://keith.weblogs.jp/cyberspace/2008/07/ s-1283.html)。「んま~い」の連発。ただし、この日はシンキは売り切れ。カレーは1皿にとどめ、アツァール(1枚目の写真=これが見た目は平凡なイモサラダに見えるけどまったく新しい体験ができるといっても大げさではないおいしさ)、モモ、ダヒワラ、プーラオライスなどを攻めてみるもよし(下の写真=これだけでおかずいらずのおいしさ=もちろん食い意地のはった私はカレーも食べてしまうのだが)。


_640_P7131188.jpg

トラックバック

このページのトラックバックURL:

http://blogmag.ascii.jp/admin/mt-tb.cgi/1243

このページへのトラックバック一覧


ASCII.jp Blogmag
[ブログマグ]
東京カレー日記

カテゴリー

最近の投稿

アーカイブ


Blog profile