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神保町の裏通りを歩いていたら「沙羅書房」の看板を見つけた。
いまから20年くらい前、神保町の交差点から水道橋に少し行った左側にあった古書店である。ここでは、李家正文氏のトイレ本など買った記憶があるのだが、『日本人参史』(田中武夫著、日参連刊)など見覚えのある書名が目に飛び込んできた。よく眺めてみると、20年前に、買おうか買うまいか迷った本が、まだ何冊も残っていて楽しい気分になった。
その沙羅書房には、さすがにコンピュータ関連の本はないのだが、『そろばん物語』(竹内乙彦・溝江清著、同文館刊)という本を買ってきた。戦争中の昭和18年に刊行された、ソフトカバーだが割と立派な装丁の本である。
昭和30年代生まれの私の世代では、ソロバン塾に通ったという連中が少なくない。私は行かなかったが、兄は習っていたし、クラスの半分くらいは通っていたような気もする。
そんなわけで、ソロバンって江戸時代の「読み・書き・ソロバン」の時代から、ずっとメジャーな存在なのだと思っていた。だって、日本の社会の中にすっかりとけ込んでいたはずである。この国の計算文化の表舞台に立ってきたというべきか。
ところが、『そろばん物語』によると、明治維新になると西欧の学問が推奨され、「和算」と呼ばれた日本古来の数学分野のほとんどは捨て去られる。さすがに、ソロバンは街で商人が使い続けていたが、学校ではソロバンも排除されてしまったそうだ。
やがて、明治の産業が発展してくる中で、計算に対するニーズが高まってくる。学校では教えないソロバンが、実務では必要ということが見直され、ソロバンが復活していくことになったそうだ。
それでは、ソロバンのあの独特のモーレツ主義のような文化は、いつ頃出来上がったのだろう?
願~いまして~は、
ゴジューロクオクナナセンマンエンナ~リ、
ロクマンゴセンゴヒャクサンジュウロクエンナ~リ、
ジュウヨンマンニセンハッピャクゴジュウナナエン~リ、
…
…
…
デハっ?
あのなぜか鼻にかかった独特の声(私の考察ではノドを痛めるといけないので鼻まで共鳴装置に利用するのですね)と独特のイントネーション(私の考察では出来るだけ吐く息を少なくしようとするとああなるようです)。それで、国家予算なみの凄いケタ数の計算が、どんどん読み上げられていく。すると、小学生くらいの子供の生徒が、
ハイ!
ゴジューロクオクナナセンニジュウマンハッセンサンビャクキュウジュウサンエン。
てな感じで、その後のテレビの早押しクイズの元祖のようにして答える。
ご名算!
このちょっとフシギな言葉で思い出したのは、なんといっても暗算である。柳生十兵衛の無刀取りなのか、伊東一刀斎の夢想剣なのか(どちらも江戸時代の剣の達人でもはやフツーのチャンバラの技を超越したところ)、ソロバンなしで凄い計算をガンガンやってしまう。『そろばん物語』では、当時のソロバン検定で、白い目隠しした女子生徒たちがズラッとソロバンやっている風景とかも載っている。
それは、「富国強兵」から「国家総動員法」の時代と重なっていたわけなのだ。『そろばん物語』の巻頭は、まさにそれを力強く謳っている。
「かがやかしい大東亞の建設--それは、とても一朝一夕にできるものではありません。第一、正義日本のゆく手には、悪魔のやうな米英の挑戰がいよいよつのりませう。それをうちはらふだけでもなみ大抵ではありません。わたくしたちは、石にかじりついてもぜひ勝ち抜かねばなりませんし、また立派に大東亞を建てなほししなければならないのであります。……(中略)……さて、皆さん、戰争にはいろいろのすぐれた武器のあることは皆さん御存知の通りですが、この經濟の戰争にも大變にすぐれた武器があります。一體なんだか知ってゐますか? ソロバンです。ソロバンこそ、經濟戰のもっともすぐれた武器であります。あのすばらしい速さではじかれるソロバンの珠の音こそは実に經濟戰の花形武器のひびきなのです」(『そろばん物語』より抜粋)。
もし、ソロバンの文化が戦争中にあのような形になったのだとすると、それって、野口悠紀雄氏の『1940年体制』(東洋経済新報社刊)みたいである。いまの日本を作ったのは、戦争中のシステムであって、それが多分にそのまま動かされてきた。そう思うと、あの計算問題を読み上げる声も、なんだか大本営発表のラジオ放送みたいに聞こえてきたりする。実際には、いつ頃あのソロバン文化が形作られたのか、きちんと検証すべきなのだろうが、『そろばん物語』を読むとそんな印象を受けるのである。なにしろ、商店の店先で計算をするぶんには、いま電卓でポチポチやっているくらいのスピードで十分なのだ。
『そろばん物語』でいいなと思ったのは、いろいろと計算の遊びをやっている。
1から9までの数字を1回ずつ使った四則演算の式で100を作る問題とか、ゾロ目が揃う不思議な計算とか。たぶん、これって戦後も引き継がれて、やがて「電卓で遊ぶ本」みたいな奴にまでマゴ引きされているんではないか?
数の遊びが、ソロバンで発達していたとしたら、それは別の形の文化的貢献をしているかもしれない。
さて、コンピュータの内部は2進法で動いている。
いまのコンピュータの先祖といわれる「EDSAC」から、最新のスーパーコンピュータでも「Palystation 3」でも、中身は同じ2進法が採用されている。
2進法というのは、0と1、オンとオフだけで数を表す方法。実は、ソロバンの上の段の「五珠」のところだけ使うと、なんと2進法のソロバンになってしまう! 具体的に足し算とかやってみると、なんだかコンピュータの計算回路になってしまったような気分になる。要するに、コンピュータって、実は、「電子的なデバイスで作られたソロバン」なのだということを改めて認識されられる。
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