カメラ の記事
2009年06月24日 21時34分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
幸福確認機
今日はCanonの新しいビデオカメラの内覧があって出かけてきた。詳細は情報解禁前なので書けないが、僕が一般にCanonびいきと言われるのには、わけがある。いくらもらってるんだなどと邪推する人もいるが、お金をもらっているわけではない。
Canonはいつも、内覧会のあとに昼食会や夕食会などを開いてくれて、設計者、マーケティング担当者と膝つきあわせて本音で話しをさせてくれる席を設けてくれる。そこでいろいろ考えさせられるテーマをぶつけてきてくれるところが、他のカメラメーカーとスタンスが違うところなんである。いやこんなことは書いちゃ反則なのかもしれないが、オレはココロにダムがない人間なので、書いちゃう。
僕は個人的に、ビデオカメラの画質がいいとか悪いとかってのは、実に底の浅い議論だと思っている。そんなもの、時代が解決するのである。そうじゃないんだ。撮像機器として、10年スパンで考えたときに、どこに向かっていくのか。いやどこに向かっていくべきなのか。そういうことを、今日明日の製品レベルではなくて、話を聞いてくれて、話をしてくれる、そしてその話が通用する会社であるということを信じているのだ、と言える。
今日キヤノンから投げられたボールを僕なりに考えてみたときに、まあどんなボールを投げられたのかは秘密なのだけど、ビデオカメラってのは、自分の幸福確認機という本質があるんじゃないか、と思い至った。1970年代に、ビデオカメラでニュース取材をするENGが脚光を浴びたのは、何だったのか。
それは、他人の不幸をいかに生々しく映し出すか、ということだったのだと思う。そうしてテレビを通じて人の不幸を生々しく受け止めた一般大衆は、「オレ達はあの人達よりはマシだ」と確認することで、今あるささやかな幸福を支えに生きる希望を見いだしたのである。
そして今も、ニュースはその役割を果たし続けている。仕事がない、家がない、不細工だ。そういう人たちよりはマシだという比較対象を、生み出し続けている。家庭用ビデオカメラも、そういう報道用途としての形、すなわちテレビ局ニーズをダウングレードした格好で、この30年やってきた。
しかし、もうすでにその意味合いが変わって、次の30年に入りつつある。次のフェーズとは、今ある現実の幸せを、より拡大して見せてくれるためのカメラ、である。目の前の現実をそのまま映し出す事は終わり、目の前の現実を、目視以上に良く見せてくれるもの。それが次の30年で求められる物だ。
スチルカメラが未だに滅びないのはなぜか。それは、絵が止まるよね、というおもしろみだけで残っているわけがない。目の前の現実を、それ以上に拡大して、小さな幸せをより大きな幸せに拡大して見せてくれる技術、それが今だに残っている理由であると考える。
多くの人がビデオカメラを持つに至った現代、すでに撮影時にナマの現実に向き合っている者に対して、さらに現実を突きつける必要などないのだ。それよりも、カメラで撮ると現実がこんなに良くなるんだ、という幸せを見せてくれるものこそ、次の30年に求められる性能だ。
誰でも取れる、というのは、カメラが抱えていた大きなテーマであった。それは古いカメラをいじくってきて、いかに普通に撮ることをが難しかったのかを、自分なりに体感してきたつもりだ。
しかしそれがクリアされたあと、次のステップは、「予想外に良く撮れる」ことなのだろうと思う。それは画質云々ではなく、表現の領域である。絞りやシャッタースピードを変えれば、ある程度表現できることは、カメラの仕掛けを知っている人ならわかる。しかし、そうではない人に対して、そういうプリミティブな仕掛けをいかに簡単にアクセスさせるか、の領域に入ってきているのである。
アートワークを、一般人がやっちゃいけないのか。一般人はアーティスティックな表現がわからないのか。それは違うと思う。専業アーティストでなくても、アートワークをやる権利は、誰にでもある。そういう豊かな国に、日本はようやくなったのだ。
僕は、そういうことをやれるのがカメラメーカーの責任だと思っているのだけれど、実際はキヤノンよりもソニーのほうがそういうことに理解がある。ソニーは、売れる見込みがなくても、「出すべき」製品を出し続けている。それは、販社の意向が強すぎない会社のベストバランスだ。
キヤノンの課題は、マーケティングの意向のさらに先を読んで、未来を示唆する製品が投入できるか、ということだと思っている。
自分に合ったものが欲しい、というオレ様基準主義が通用したのは、自分大好きなゆとり世代がメインの消費者層だった時代だけである。今は、自分を変えて欲しいモノが欲しい。そういう時代に突入しつつあるのだと言える。
2009年06月16日 23時45分 [ PC ] [ カメラ ]
デジタルペン? 登場
コンセプト発表から長い間待たされたオリンパスのマイクロフォーサーズが、ついに発表された。やはりかねてから噂されていたとおり、ハーフカメラ唯一の一眼レフ、PEN Fをイメージしたカメラになっているようだ。
デザイン的には、PEN Fの形は今も決して古くさくない。前にも書いたことがあるかもしれないが、数年前、グッドデザインアワードの取材に、フィルムが余っていたPEN Fを持って行ったことがある。それをテーブルに置いて、出典品の別のカメラを触っていたら、順々に回っていた女の子が突然僕のPEN Fを手に取り、いじり始めたのである。
「すいませーん、それ私物ですーw」
「あっ、ごめんなさーいw」
的なやりとりがあったわけだが、グッドデザイン賞の候補作品に混じって置いてあっても不思議ではない、完成されたシンプルさがあるカメラなのだ。
今回の「E-P1」は、そんなPEN Fの雰囲気がある。仕事で使う買い物ではないので、さすがに10万円オーバーはすぐには買えそうにないが、価格がこなれるお誕生日ぐらいまでにはなんとか手に入れたいなーとこんなところで妻に向かって主張してみる。
2009年05月29日 22時01分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
キヤノン D5mIIが動画機能強化
写真用レンズでハイビジョン動画が撮れるとしてプロも大注目の「EOS 5D Mark II」が、今度動画機能をファームウェアのアップデートで強化するようだ。
これまでは動画撮影時はISO感度や絞り、シャッタースピードなど、露出に関するものがフルオートでしか使えなかったのだが、それらをマニュアル指定できるようになるという。さすがに高い機種なので、すぐに後継機というわけではないようだ。
これでまた改めて、動画機能が気になっていた人たちが、一気になだれ込むかもしれない。中古のレンズや、マウントアダプタがインフルエンザ時のマスクみたいなことにならなきゃいいけど。
2009年03月14日 00時26分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
人はどう“満足”するか
アスキー総合研究所の調査によれば、「コンパクトデジタルカメラ ユーザー満足度調査」においてもっとも満足度が高かったのは、リコーだそうである。07年にも別の調査でリコーが満足度一位となっていて、それをベースにリコーの歴史を振り返りつつ、カメラに求められるものは何かを考察した記事を書いた。
今回の調査の回答者を見れば、リコーのシェア自体はそれほど高くないことがわかる。これから見て取れるのは、「マス」なニーズを捨てて、一部のユーザーが熱烈に要求しているポイントに特化した、ユニークな製品群であることがわかる。カメラメーカーとしてはソニーやPanasonicよりも全然老舗なのだが、敢えて王道を行かないというスタイルが、所有感を高揚させるとも言えるだろう。
全メーカーが全部同じような路線で走っていたら、結局違いは値段しかなくなってしまって、市場が硬直化する。“みんな”が同じであれば、新しい“みんな”はもう要らないのである。世の中を活性化させるためには、一つの方向性にこだわった中央突破型の思想が必要だ。
王道路線メーカーこそ、そういうモノを作る余裕がありそうなものだが、なかなか売れてるときは冒険が難しいようである。人間儲かってるときは現状維持を望むものなので、逆に困ったときこそ冒険や革命のチャンスだ。
今、いろんなことで失意の中にいる人も多いかもしれないが、今いる場所がダメならば、新しいところに行って頑張った方がいい。そのとき、いかに過去の資産としての能力を新しいところに持ち込めるかが、勝敗の分かれ目である。
人間はゲームじゃないので、完全リセットなどはない。ゼロから出発しようと思うから大変なのであって、接ぎ木のように途中から別の枝を生やすと思えば、いくぶん気持ちも楽になるだろう。
2009年02月18日 20時50分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
Eye-Fiって微妙
こないだ渡米したときに、EyeFiカードが安かったので、買ってみた。Wi-Fiを使って写真を転送するメモリーカードである。
これで仕事場でブツ撮りなどしながらどんどんパソコンに写真が転送できるね、と考えたのだが、その夢は割とあっさり裏切られた。写真撮っても、全然転送しねー。一端電源切って再投入すると転送が始まるのだが、照明替えや製品のアングル変えなどで1〜2分使わない状態になると、また撮影を再開しても全然転送しねー。新しいファイルが書き込まれたことがわからないのか、接続が切れるのか。当然その間カメラは電源を落としていないし、スタンバイにもなっていない。
なんかこー、製品として雑だよなーと思う。転送速度も、その接続スピードから想像する以上に遅い。11nで接続しても、6Mピクセルの画像1枚を転送するのに2秒ぐらいかかる。普通11nの速度なら、それぐらい瞬殺でしょう。それ以前11bで接続してたら、1枚転送するのに20秒ぐらいかかったので、やってらんねーと思って11nに変えたのである。
コンセプトはいいんだけど、Wi-Fiで転送という、メインコンセプトにまつわる部分が結構ダメだと思う。日本のメーカーならもっと良くできるのになぁ。
2009年02月12日 00時53分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
そろそろ光学系が大化けする頃?
Wired Visionに、「自分で度数を調節できる安価なメガネ」という記事が出ていた。技術自体は新しいものではなく、そろそろ携帯電話向けの小型レンズは液体制御型のものが出てくる頃なんじゃないかな?
光学技術は、やけに高級な部分ではガラスの質や収差補正といった高度な技術が必要だが、廉価な技術がそろそろ破壊的イノベーションを産む時期にさしかかっているのではないかという気がする。
もう数年前になるが、パイオニアのDVDドライブがレーザーを偏光させるのに液晶フィルタを使ってコストダウンを果たしたのを思い出した。単なる透過液晶を使ってどうやってレーザーを曲げるかというと、よく拡大鏡の変わりとして同心円の模様の入った透明のフィルムがコンビニとかで売られてたりするが、ようはアレを液晶フィルタでやるわけである。
現在ビデオカメラの露出制御は、絞りとシャッタースピードで行なわれると思っている人も多いかと思うが、実際にはそれプラス、グラデーションNDフィルタが使われている。フルオートで撮影する場合、だいたいF4前後、シャッタースピード1/60〜1/250程度に収まる範囲で、NDフィルタが自動的に出たり入ったりしてるわけである。
この勝手にNDを入れるという発想は、静止画のカメラではあまりなく、その代わりセンサーの感度が加わってくるのだが、露出制御の第4のパラメータとして、不透過にするという技術もあっていいのではないかと思う。
これまではクオリティが低くて邪道と考えられていた方法が、時代を席巻する時が来るような気がする。特にこんな不景気な時代には。
2009年01月31日 00時44分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
iPhotoいいかも
先日発売開始されたiLife。言及すべきところはいろいろあるんだけど、今度はiPhotoがいい感じのようだ。
これまでのiPhotoってなんかローカルに巨大データベース作っちゃうし、何月何日に撮った写真を見つけて原稿用フォルダにコピー、みたいな仕事用途には全然向かないソフトだったのだけど、今回搭載された顔検知機能は家族持ちには便利だ。
これまで写真は日付別にフォルダ分けしてNASに突っ込んであるのだけど、家族の写真は手動で抜き出して別フォルダに入れるといった作業を定期的に行なってきた。そうしないと、仕事で撮る大量の写真の中に埋もれてしまうのである。
だがiPhotoの新機能を使えば、顔ごとに抜き出しグルーピングできるらしい。というわけで98年から今までの全写真を解析してるんだけど、終了まであと1300分_| ̄|○。あ、ただいま東芝REGZAの本村さんを発見した模様w
まあ最初だけみたいなので、しょうがないか。あと、猫の顔も検知しないかなぁ。オレ的には家族なんだけどなぁ。ていうか、特定の画像の範囲を指定して、それに類似するものが検索ができるようになると面白いと思う。
趣味で花の写真を良く撮るんだけど、花ごととか、色ごとに分類できたりするというのもいいな。なんとなーく色のトーンが似てるといった類似検索機能は以前SONYのデジカメDSC-G1に付いてたんだけど、後継機には付いてないのかな。アレ面白かったのに。
2008年11月14日 20時59分 [ Blogmag ] [ PC ] [ カメラ ] [ 社会 ]
文科省がネットいじめ対策マニュアル作成
今日夕方5時のNTV「NNN Newsリアルタイム」でも小特集になっていたが、11月12日の報道発表によれば、文科省がネットいじめに特化した対策マニュアルを教員向けに作成、配布するようである。
青少年と携帯電話にまつわる問題はいろいろあり、様々な試みが行なわれているところであるが、「ネットいじめ」だけに絞った対策というのは、比較的珍しいかもしれない。ただ、現場の先生からの声を聴くと、すでに学校裏サイトは縮小化の傾向にあり、腰を上げるのが遅すぎたという気がする。
いろんなところが、いろんな取り組みをするというのはいいことではある。ただちょっと気になるのは、この手のネットと青少年にまつわる問題を統括的に対応しようとしている総務省とはまったく関係なく、いったい誰にどういう監修のもとに作られたのか。この問題に取り組んでいる多くのネット・通信事業者が全くあずかり知らぬところから、突然出てきたという印象が強い。
番組内では内容にも少し触れていたが、個人情報の削除請求の出し方とかが書いてあるようだ。だがネットの特性として、一次情報を消しても全く意味がない。そのあたりのいかんともしがたい「浅さ」がさすが文科省マターというべきか。
一方で政府の教育再生懇談会では、小学生に携帯電話を持たせないという提言を年内にまとめ、麻生総理大臣に提出するという。この中には、NTTに公衆電話を復活させろという提言もあるそうだが、マジか。
すべてをクリーンにとか、昔のほうが良かったとか、どうして子供のことになるとそんなあり得ない方向で話がまとまるのだろうか。というか今どきの子供の親は、ちゃんとこういう場に居る?
2008年05月07日 13時33分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
チャンスという名の不条理
AV Watchのレビューで、キヤノンのXL H1SとRolandのF-1、そのほかIDXのバッテリやマウントキットなど、もろもろをお借りした。たぶん合計で140万円ぐらい?
これだけの機材を自由に使えるチャンスが、もしまだ現役クリエイター時代にあったとしたら、僕は映像作家としてもう一段上に上がれたのかもしれない。だが無名の映像作家にこれだけの機材をポンと借りられるチャンスは皆無なわけで、そういう意味では今だから借りられるということになる。
10数年前のギラギラした自分に対して、勿体ないような、申し訳ないような。
2008年02月05日 22時13分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
動画革命
よく考えてみれば、ビデオカメラというのはデジタル化したときに、あんまりイマジネーションを刺激しなかったんだろうと思う。
例えばデジカメは、写真という表現手法自体は古くからあったものの、デジタルになったときにPCユーザーが飛びついた。当時は本物の写真の代わりにはまったくならなかったが、使いかたのイマジネーションを大きく刺激した。
一方ビデオカメラは、アナログで実現できていたことそのまま、あるいはそれ以上の完成型で登場した。そういう意味ではアナログ時代から良くできたキカイだったとも言えるのだが、デジタル化されても使い手のイマジネーションを刺激しなかった。要するに、それまでのビデオと使われ方自体が変わらなかったのだ。
その結果は、今に続いている。デジカメとビデオカメラは、聞くところによれば市場規模では7倍ぐらい違うそうだ。おそらくはビデオカメラに、「日常」の出番がないことが、この規模の差に繋がっているのだと思う。そしてその差は、すでに使い方が完成した社会では、なかなか埋まらないのだろう。
未来を扱ったアニメなどの作品には、ビデオレターというのが良く出てくる。ホログラムで立体的になっていて、短いメッセージを繰り返し再生するようなやつだ。
未来技術というのは、イメージしなければ生まれないものではある。だがああいうものが、我々は欲しいのだろうか。「あってもいい」ものではあっても、「ぜひ欲しい」ものでもないような気がする。世の男の子は、ホログラムビデオメッセージよりも、巨大ロボットのほうが欲しいのだ。
ビデオ映像の新しいソリューションは、男ではなく女性発明家の手にゆだねたほうが、面白いものが生まれるのかもしれない。
2007年09月28日 10時27分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
みんな陰謀論が好きだなぁ
昨日ちょっと調べ物をしていて偶然たどり着いたんだけど。
僕がAV Watchでレビューしているビデオカメラの撮影法とか記事について、いろいろな憶測が飛び交っていることがわかったので、QA形式で少しまとめてお答えしてみたいと思う。
Q. サンプルの中でパンとかチルトとかズームとかあんまりしないのはなんで?
A. これにはいろいろな背景がある。僕は80年代末にNHKで編集マンとして報道とかの仕事をしていたんだけど、ちょうどそのとき、「関東甲信越小さな旅」という関東エリアの番組が全国枠に拡大するという話が持ち上がってきた。そして実際にそれが始まったんだけど、当時は「日本全国出会い旅」というタイトルだった。それが後に今の「小さな旅」になるわけである。
そのとき僕は「出会い旅」の編集担当になった。以前の「小さな旅」をご覧になったことがある人はおわかりかと思うが、これはカメラワークが普通の報道番組とはまったく違っていた。(報道制作局の番組なのである)
これがパンやチルトを使わず、写真のようにきっちりカメラを固定して、その映像の美しさをしっかり見せるというメソッドだったわけである。出会い旅もそのメソッドを引き継いでいった。
当時まだ20代だった僕は、その悠長とも思える方法に少なからず違和感を持っていたんだけど、実際に自分でフィラー映像を撮影し始めて見ると、そのメソッドの正しさを改めて実感した。また編集のことを考えると、パンやズームはどうしてもそれなりの尺を取ってしまう。約1分というサンプル映像の中に、なるべく沢山の要素を入れたいと思うと、パンやズームは撮影しても、使う余裕がないのである。
だが最近は人物カットのところで、パンナップを入れるようにしている。せめて1カットは動きのあるカットがあったほうがいいだろうと思ったわけである。今後も要望があれば、少しずつ改善して行きたいと思っている。
だが単にフィラーを繋ぐだけだろオマエ、とはいっても、編集者としてある程度のストーリー性も考慮しなければならないので、そこに存在すべき合理性のないカットは入れられない。そこはプロフェッショナルとしては、譲れないところである。そこのバランスの中で、できる限り読者のニーズに応えていきたいと思っている。
ただそれも、以前もエントリーで書いたことがあるが、匿名で騒ぐだけではこちらには伝わらない。そういうところも見れば楽しいのかもしれないけど、あいにくそこまでの時間がないので、拾い上げられないのである。
それからもう一つ、人に何かを依頼するにはそれなりのモノの言い方ってものがあるので、そのあたりは礼儀としてきちんとした文面である必要がある。なにをオマエしょんべんライターのくせにエラそうに、と思われるかもしれないが、こういう礼儀にうるさいおっさんがいないと、日本の若い人の言葉遣いや態度や礼儀とかがどんどん悪くなっていってしまうので、ここは意を決して、「礼儀にやかましいおっさん」としての立場でいることにしたい。
Q. メーカーからそこは書くなとかまずいところ削除されたりするんだろ?
A. これはレビュー記事というのがどういうメソッドで作られていくかということを、多くの人はご存じないと思うので、無理のない疑念だろう。
僕の記事に限って言うと、カメラレビューも含め製品レビューでは、記事執筆後にいちいちメーカーさんに見せたりしていない。編集部との間で校正のやりとりをしたのち、いきなり本番でアップしてしまうのである。
報道というスタンスに立っている「記事」では、基本的に掲載前に取材対象者に内容を見せたりしないというのが通例である。特に新聞社はそのあたりが徹底していて、例えば僕が取材やインタビューを受けても、仕上がった記事の内容は事前に見せてくれない。報道の公平性を保つため、というのが大義名分である。
ただこれは僕の場合はそうしているということで、他のライターさんも同じなのかは知らない。ライター同士集まっても、そういう話しないしね。ただそういうスタイルで記事を書いても、メーカーさんとは良好な関係を続けさせていただいている。
あまり評価が高くない機種のレビューでは、後日メーカーさんからご連絡をいただいて、ミーティングを持つこともある。それは怒られるということではなく、どういう具合に良くなかったのか、どう改善すればいいか、と言った意見交換をさせていただくわけである。その代わりこちらも、この機能はどれぐらい前から研究してたのか、とか、部材のコストってどれぐらいなのか、といった情報も仕入れて、今後の記事の下地的な知識として活用させていただく。
もちろんミーティングの時に、お金やモノを貰ったりということはない。まあご厚意でストラップやメモ帳みたいなノベルティグッズをおみやげでいただくこともあるが、それはワイロ(笑)のうちに入らないよね?
でもいろんなスタイルがあるけど、みんな僕の記事に対して真面目に関心を払っていただいていることがわかって、楽しかった。またどこかで疑問みたいなものを見つけたら、ここでお答えしていければ と思う。
2007年09月23日 18時24分 [ Blogmag ] [ カメラ ]
撮るならめんどくさいのがいい
普段仕事として撮影するのは、圧倒的にビデオのほうが多い。もともとWEB上でビデオカメラをレビューする人は少ないし、ましてやハイビジョンでの編集済みサンプルまで掲載しているのは僕ぐらいなので、必然的にビデオカメラのレビューの話が多く回ってくる。
ビデオの撮影ってのは、例えば花一つ撮るにしても、撮っている時間というのが長い。被写体を決めて三脚立ててアングルを決めて絞りを決めて、撮るぞぉとボタンを押してからずーっと10秒とか20秒とか撮ることになる。何か面白いことが起きれば、そのまま1分ぐらい回しっぱなしである。
今時フォーカスや露出は自動だが、光線の当たり具合とか、人が通り過ぎるのを待つとか、撮影そのものに割と時間がかかる。
そんなことに慣れてしまうと、フィルムの古いカメラでスチルを撮るときも、何からなにまでフルオートだと、つまらなく感じてしまう。なんか段取りがあっという間に終わっちゃって、「じっくり被写体に向かい合いました感」が希薄なのである。
商品撮りみたいなものは、効率よく撮るためにデジカメを使うが、なんかあっという間にキレイに撮れてしまって、自分の中にある「撮影」のオオゴト感とは何か違うような気がする。
だから趣味で写真を撮る場合は、いろんなものがめんどくさいほうがいい。まあそうは言っても限度はあるのだが、強いて上げるならば、正直距離計のないカメラがしんどい。昔のコンパクトカメラがだいたいそうなのだが、気軽なスナップということで、もう絞ってパンフォーカスでいいだろぐらいのことになっている。ファインダを覗いても距離がわからず、目測でなんとなーく数字を合わせて、みたいなアバウト感が、性格的に許せないところである。
やっぱりこう、自分の目で確かめました! 間違いないです! 失敗したらオレのせいです! みたいな責任感は求めたい。そういうことから、クラシックカメラ好きからすれば少数派だが、一眼レフは結構好きなのである。
露出に関しては、以前露出計のないカメラは面倒だと思っていたが、最近はもう露出計を使うのに慣れてしまったので、割とどっちでもいい感じになってきた。露出計連動できるのは子供撮りのスナップ、そうじゃないやつは風景撮りという具合に分けると、なんとなくカメラのキャラクターもそんな感じなんである。
今日はまた思いがけず新しい、といっても中古は中古なんだが、自分にとっては新しいカメラを手に入れた。フルオートではなく、ちょこっと助けてくれるだけ、みたいなバランス感が楽しい。これは来月のITmediaの連載で使うことにしよう。





