社会 の記事
2009年06月18日 23時56分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
ナニゲにバンドブーム?
これまでテニス一辺倒だった上の娘が、突然軽音楽部に入ってバンドやると言い出した。たぶんアニメ「けいおん!」の影響は、関係ないと思う。娘は全然見てないし、高校生にはあまり流行ってないみたいである。
まあしかしそれは重要な問題ではない。だいたいバンドってのは、誰か熱烈にやりたい人が無関係な人間を巻き込んで結成するものなのである。
担当はベースになったという。僕自身は若い頃からずっとバンドをやってたので、ロック系の楽器は一通りできる。ただベースだけはどういうわけか、ステージでやったことがない。たぶん、いつもベースは上手い人が一緒に居たからだろう。
久しぶりに楽器をいじるならベースもいいな、ということで、僕と供用で使うからという名目で先週の日曜日に買いに行った。お茶の水である。
お茶の水はすでに楽器街としては下火という評判もあるが、僕にとっては27年前に東京に出てきたときの夢が埋まっている街だ。足繁く通った楽器店の多くが健在で、懐かしかった。
楽器や巡りをしていて思ったのは、高校生ぐらいの子が一人あるいは友達と楽器を見に来ているのが多かった事である。あそこは明大などが近くにあることから、昔は大学生ぐらいがメインの客層だったのだが、年齢がグッと下がってきている。
ギターやベースも、入門機はかなり安く、最低ラインは2万円ぐらいである。しかしベテランの店員さんと話したのだが、昔の2万円の楽器は本当にしょーもない出来だったが、今の2万円楽器はかなりレベルが上がって、入門だったらまあ2,3年は練習用として十分いけるレベルだそうである。
いくつか弾いてみたが、もちろん高いものに匹敵するわけではないものの、昔少年ジャンプかなんかの裏表紙に載っていたトムソンのストラトなんかより、全然マシなのであった。何で知ってるかというと、最初に買ったギターがそれだったからである。
今から楽器始める子は、幸せだよなぁ。
2009年06月10日 00時10分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
とりあえず撮っておけ
写真を撮ることは好きなのだが、街の雑感のようなものを撮るのが苦手だ。
元々自分で撮影を始めたのは、ビデオ編集用の合成素材をライブラリ的に撮っていたのが最初である。それからレビューとして撮影するようにもなったが、なにせメディアに載せる映像なので、プライバシーに関わる要素を極力排除し、アングルなども含め、Anonymous的に撮影することを常に念頭に念頭に置いている。
どうもそういうものばかり撮っていたから、身近な町並みや家並みといったものに対峙すると、どう撮っていいのかわからなくなってしまったようだ。あんまり正直に撮ると、なんだか不動産屋の物件写真みたいなことになって、自分でイヤになってしまう。
でも、撮っておけば良かったなという思いは、潜在的にはある。同じ町に10年も暮らしていると、建物や駅前の様子が変わったりする。商売が入れ替わったりすると、「あれ? 前は何屋さんだったっけ?」と思うのだが、どうしても思い出せない。そういう経験は、誰しもがあるものだろう。
たぶんそういうのは、撮るだけではなく、日にちや目的なども含めて、きっちり記録・分類しておかないと意味がないのだろう。ただ、今の風景に対してそこまでの価値を見いだす気力が、自分には持てないということなんである。
そういうことをエラくきっちりやっていると、貴重な記録映像となって後の世の人に貢献できるのである。最近知ったのだが、長崎大学付属図書館が公開した江戸、明治期の写真データベースは、眺めているだけで相当たのしい。
この時期は写真の意味がそもそも違っていたのだろうが、こういった試みを今の段階から、ネット上で自動化できるような取り組みをしておいて欲しいものだ。我々がジジイババアになったとき、それらの写真から若かりし頃の思い出の町並みが再現できるかもしれない。
2009年05月19日 22時51分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
受験生は要注目
金沢学院大学というところで、今年度の入試問題に僕のコラムが使われたそうである。
そう聞いて連想したのは、サマータイムの思い出を綴ったこのコラムだった。
これは公開時からわりと評判が良く、のちに自民党関連団体の会報誌にも掲載されたりした。まあサマータイム推進派へのサービスとして採用されたのかもしれないが、本文自体は正面から推進しているわけでもない。
だが実際に入試に使われたのは、「ブログに問われる書く技術、話す技術」というやつだった。約4年前に書いたものだが、これは公開時には評判が悪かった。特にブロガーからは、相当こてんぱんにやられたものである。
しかし今読み直すと、日本語の特徴を公平な視点で捉えており、バランス的にも悪くない内容だと手前味噌ながら思っている。他にこの手の日本語の特性に興味があるのなら、平坦化イントネーションの事例を扱ったこれも面白いと思う。
難点を上げるならば、問題に使われた文章では、ITmediaに掲載のリード文まで掲載されているところだ。しかしこのリード部分は、担当編集者が本文の概要としてまとめたものなので、これごと問題文として掲載されると、そこが本文と重複してややこしくなる。もし次回どこかの大学で僕のコラムを採用することがあるならば、リード部分は取っていただいたほうが、受験生に混乱がないと思う。
さて実際に入試問題に使われてわかったのだが、当然入試実施前には連絡が来ない。あくまでも事後報告である。まあそれはそうだろう、試験前に題材が漏洩するのでは、洒落にならない。
著作権法では、第36条に「試験問題としての複製等」という項目があり、試験問題で使用する場合は複製や公衆送信ができることになっている。よって断わりなしに使っても構わないわけである。
ただ、試験問題というのは過去問題集などに再録される。それは営利目的ということで、使用料を著作権者に支払うことになっている。今回はその使用料として、日本文藝家協会の基準に従って2100円が支払われるということである。
実はこの使用料に関しても結構古くからいざこざがあり、その辺に関してもコラムを書いている。オレ守備範囲広いですな。用意周到ですな。これも4年前に書いたものだが、今でも内容はそれほど古くなっていないように思う。
今年はもう一つ、試験問題に使われた著作がある。東京大学大学院 情報学環の文化・人間情報学コースで、津田大介氏と共著の「Content's Future」の一文が、論文の問題として出題されたそうである。これは今年度ここに受かったジャーナリストの昼間たかし氏からお礼と共にメールが来たので、間違いないと思う。
まあここから出題されるというのはこういっちゃなんだがしごく当然で、この本はコンテンツ政策に関わる総務省・経産省・文化庁なんかで相当読まれているそうである。ちなみに昼間氏が最近刊行した「マンガ論争勃発2」では、僕がMIAU設立のいきさつなどをしゃべっているのが収録されている。
おそらくこれから、社会情報学が注目され、必然的にそういう情報学系の入試問題としてメディア論やコンテンツ論などが取り上げられることが多くなると思う。しかし、これだけ話題にはなっているが、まとまった論というのは案外少ない。
もし受験生でそっち方面を受験するのであれば、僕のITmediaのコラムを過去5年ぐらいをさかのぼって、メディア、コンテンツ関係のものを読んでおくといいかもしれない。いやまた問題として出題されるということではなく、この手の論に慣れておいた方がいいということである。
関連するものはたぶん量にして20本もないと思うので、まあ1〜2時間で読めるだろう。あとそれらを本にまとめたものもあるので、そっちもこそっと宣伝しちゃおうかな。
(と書いたのだが、今調べたらバックナンバーのリンクにはそこまで古いものは載っていないようだ。やっぱり本を買っていただくしか…うひひ。まいどあり。)
2009年05月08日 10時12分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
超誰得
僕がアメリカ出張中のことで、妻からすごい話を聞いた。
以前、うちの電話番号が某大病院の電話番号と似てるという話を書いたが、その続編である。
一度間違いでかかってきて、正しい番号を教えたのだが、またかかってきた。「今インターネットで調べたら、やっぱり病院の電話番号はお宅の番号だ、どうしてくれる」ということらしい。
いやどうしてくれるってw。仮にネットでその番号が載っていたとしても、事実としてうちは病院じゃないし、「すいません、隠してましたがじつはうちは病院でした」という展開になるとでも思っているのだろうか。それよりも早く正しい番号にかけてみたほうが、病気で困っている身内の方のためだと思うのだが。
だいたいうちが大病院の番号を騙って、何の得があるというのだろうか。それで病院になりすますならまだ話はわかるが、違いますよ、と言っているわけである。
ちなみにネットで自分の家の電話番号を検索してみたが、ヒットは0件であった。どうやらご本人は、サイトの電話番号も読み間違えているらしい。
大変残念なその方は、申し訳ないが着信拒否番号に指定させていただいた。人間、思いこんじゃうと後には引けなくなるものなのだろうか。恐ろしいことである。
2009年05月06日 12時25分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
教え損サイクルからの脱却
いつの世にも、そしてどんなものにも初心者というのは存在して、その人たちをいかに扱うかは、情報社会にとって難しい問題である。特に教える側がエキスパートになればなるほど、初心者とのギャップが大きすぎて、話が噛み合わないことが往々にして起こりがちだ。
仮に丁寧に教えたとしても、相手にそれを理解する知識がない場合、最短で問題の解決に至らせるのは難しい。一番やっかいなのは、教えられる側が「もっと初心者にもわかるように説明してくれ」と開き直る場合である。
仮に「初心者」という層があったとしても、その知識レベルは一様ではない。何ならわかるのか、というところから徐々に掘り返していかなければならないため、ほぼマンツーマンでのやりとりが必要になる。
教える側にとっては、「その特定の初心者がどれぐらいまでの知識量を持っているのか」を知ることに、何の利益もない。従って、「教えるのは面倒」というサイクルに陥っていく。
それを解決する方法は、今のところ2つある。一つは「教えて」系のサイトである。これはポイントなど何らかの対価を支払うことで知識を提供する側にインセンティブを与える方法である。
もう一つは「半年ROMってろ」と突き放す方法で、これは本当に半年黙ってみてればわかるという意味もある。だがネット的な視点では、半年前ぐらいさかのぼってログを読めば、同じようなことが繰り返し何度も書かれているのに出会うという事でもあるだろう。
ネットは大量の情報と、大量のコミュニケーションを生み出したが、それがゆえに多くの人は、道なき道を自分で切り開いていくということに対しての解決策を失いつつあるようにも思う。つまり、自分でいろんな可能性の組み合わせを試してみて、どうなるかを調べていくという方法論である。
ネットのどこかに情報があるはず、誰か知っている人がいるはず、というのはそりゃそうなのだが、そこにリーチする前に、自分でやるだけやってみるということは、決して無駄にはならない。少なくともこの方法はダメだった、という知識が得られるし、なによりも問題点に対しての深い知見を得ることができる。
もし自力で問題が解決できた場合は、そのトライアルの課程も含めて、情報をネットに載せておくべきだ。それは自分のメモにもなるし、何より誰かの役に立つかもしれない。ネットの知見とは、元々そうやって成長してきたはずで、ひたすら情報をPullするための仕組みではなく、Pushするための仕組みであるべきだ。
同じ情報であっても、アプローチが違えば、書き方も変わってくる。その多様性が、多くのパターンを持つ初心者層を救済することになるわけである。
2009年04月30日 23時50分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
「となり近所」という組織体系
今年は回覧板を回す班長になっているということもあって、自治会の総会なるものに出席してきた。出て初めてその規模がわかったのだが、自治会内に1800世帯もあり、来年で30周年だそうである。
地元のアバウトな寄り合い的なものを想像していたのだが、実に議会運営としてきっちりやっている。会長挨拶から議長任命に始まり、第1号議案から第5号議案まできっちりこなし、昨年度の収支などは全部読み上げ、賛成は拍手を持って決議とするなど、まさに議会運営のフォーマットどおりを80ぐらいのじいさまばあさま方が粛々とこなしており、あんたら現役時代はナニモンだったんだよ的な驚きがあった。
こういう議会運営フォーマットというのは、一回経験したぐらいでは自分が運営する側にはなかなかなれないとは思うが、進行手順などは知っていて損はない。30代のときは、そんなことなど縁がない人生だと思っていたが、人間40にもなると会社立ち上げたり学会に参加したりなんかの委員になったりするものである。そんなときに段取りを一通り知っておくと、面食らわなくて済む。
地元の人との付き合いも、マンション住まいでは所詮その建物内の上下左右だけのことだが、戸建てが多い住宅地に住むと、面的にものすごく広いエリアの人と交流を持つことになる。道ばたで近所の人が集まって情報交換するような昭和時代的なことも、未だ普通に行なわれていたりする。
地場産業があるわけでもないただの住宅地では地域振興もなにもないのだが、高齢化社会に向けて相互管理社会に移行せざるを得ないという事情が、その底辺にある。元気なうちは一人で生きているような気がするものだが、自分一人では立ちゆかなくなったときに、お互いでもたれ合って生きていかなければならないわけである。
そういうことを学ぶ上で、地域の自治会などに顔を出しておくというのは、いい経験になった。近所付き合いが面倒だという人は多いが、実際にやった結果ではなく、やりはじめるのが面倒ということなのだろう。
だがそのめんどくさい隣人になるかどうかというのもまた、自分自身に問われていることである。近所付き合いを排除する人には、周りの人もまた良くしてくれるはずもないという単純な図式なのだが、なかなか人はその事実に気づかない。
単に町内会費を払ってるだけで、町内で何をしてるのかも知らぬというのは、もったいない話である。意外に拾い物の経験が待っているかもしれないのだ。
2009年04月25日 18時47分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
フランス人油断ならねぇ
NABのプレスルームで聞いた話。
プレスルームでフランス人記者が、動画レポートをパソコンで結構大きな音でプレビューしていた。最近は動画取材をするメディアも増えたので、プレスルームでは最近よくある光景である。
知り合いの日本人記者がどうせ日本語わからないだろうと、「うるせえなぁもう」とつぶやいたら、「ア、サーセン。」と普通に言ってボリュームを下げたそうである。
やべえ最近のフランス人日本語わかりやがるw。英語でさえわからないフリするのに、さすがヨーロッパ随一のヲタ大国w
2009年04月19日 23時32分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
缶切りは缶の中
渡米する際に、預け荷物のトランクには鍵をかけられないことはもはやよく知られているところであろう。僕も鍵をかけず、そのかわりファスナーが開かないようにビニタイで止めていたわけだが、ご丁寧に空港職員が中をチェックしたあと、ビニタイでは心許ないと思ったのか、なんとタイラップで両開きファスナーの真ん中を止めやがった。
ご存じのようにタイラップはケーブルを止めたりするような時に使うものだが、犯罪者の一時拘束の時にも使ったりする。つまりはそれぐらい丈夫で、人が引っ張ったぐらいでは切れないわけである。
そんなもんで止めて、どうやって開けるんだよ。一応修理工具は持ってきているがトランクの中で、まさか鍵をかけないトランクが開けられなくなるとは思わなかった。
ホテルにチェックインして、なにか刃物のようなものはないか探したが、当然手荷物の中に刃物類などない。あったら飛行機に乗れてないわけで。
しばらく考えて、ホテルの部屋に備え付けのアイロンがあることを発見。熱でタイラップを溶かして、無事開くことができた。
しかしこういうの、困るよなぁ。ホテルのフロントに刃物を借りるというのは、米国じゃかなりリスキーな行為であるし、だいいちトランクが自分のものかを証明せよって話になったらかなり面倒である。
一応空港職員が合い鍵で開けられるTSA準拠の鍵も持っているが、以前友人がそれ付きのトランクだったのにわざわざトランクの鍵を破壊されて中身を確認されていたりしていたので、どうも100%信用できない。アメリカには時々、とてつもない馬鹿野郎が紛れていることがあることを、社会的に止める策がないようなのだ。
次回からなんらかの対策を考えねばなるまい。
2009年04月15日 22時10分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
今の子供は童話をいつ、どういう形で知るのか
昔は子供らしい教材というのがちゃんとあって、世界名作童話全集みたいなものは割とどの家庭でも買ってたんじゃないかと思う。今はそういう全集商売など流行らないのだが、昔の童話、例えばフランダースの犬とか小公女とか、そういうものを今の子供は知る機会がないんじゃないかと思う。
例えばディスニーの映画でシンデレラや人魚姫の話を知るのと、オリジナルに近い話をちゃんと知っているのとでは、やはりそこに含まれる教訓とか感動ポイントみたいなところがぶれてしまうんじゃないだろうか。
ハウス名作劇場みたいなものも昔はあったが、今改めて新作というのも考えられない。そういえば「日本むかし話」なんて番組は結構いい番組だったと思うのだが、ああいうものは今ではもう作れないのだろう。
まあ端に話を知ってればいいということではなく、「おはなし」を読み聞かせることは、昨今の慌ただしい子育てでは行なわれなくなったんじゃないかと思う。なにしろお母さんが昔に比べて、格段に忙しくなっている。それは家事労働が増えたのではなく、社会に対して参画しているケースが増えたからであろう。
筆者が幼稚園ぐらいの頃は、母が昼寝をさせるためにいつも童話を読んでくれた。だが大抵は母の方が読みながら先に寝てしまう。一人残された筆者は、話の続きが知りたくて、ようやく読めるひらがなだけを追っかけて、苦労して本を読んだものである。
まあそれが今はこうして文筆家として糊口を凌いでいるわけだから、やはりあながち読み聞かせる行為そのものは無駄ではなかったという事なのだろう。
最近は実家から送ってきたその全集を、寝る前に下の子供に読み聞かせている。最初はプリキュアの話がいいとか言っていたのだが、最近は次の話が楽しみになっているようである。といってもいつも話の途中で寝てしまうので、最後がどうなったかを知っているのかどうか怪しい。どうもその全集は、オレが一人取り残される運命にあるようだ。
だがまあそれもそのうち、自分で本を読むきっかけになればいいということである。
本が無くなるとか、ネットの情報もそのうち音声と動画になるとか色々な予測はあるが、文章が無くなることはないと思う。なぜならば音声や動画は実時間に対して同期型ストーリーテリング手法であるのに対し、読書は非同期型の手法で、全然違ったアプローチだからである。
自分のペースで早く読んだりゆっくり読んだり。途中で止めたら続きは少し戻って読んだり。次第に残り少なくなって、終わりに近づくのを視覚や指先で感じ、少しでも長くその世界にとどまるためにとわざとゆっくり読んだり。
自分が支配権を握る鑑賞の仕方というのは、人類が発明した古い方法ではあるのだが、今後も人の役に立ち続ける。だから、テレビなどのリアルメディアとの接触率と同様文章への接触率も、将来どうとかという事以前に、人生を楽しむための重要なファクターだと思うのだ。
2009年04月13日 19時31分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
新社会人の心得
桜の花も散り終え、4月もまもなく半ばに入ろうとしているわけだが、新社会人の皆さんはもう寝ぼけて学校に行っちゃったりしなくなったよな。おそらく5月連休までは研修期間というところも多いだろうが、自分が新人を迎えた時のことを思い出しつつ、先輩としてあまり役に立たないアドバイスをしてみたい。
1. 質問は躊躇するな。ただし質問を繰り出すタイミングは考えろ。
2. 同じ質問は2回するな。ここはガッコじゃねぇ。
3. メモは持ち歩け。全部覚えきれるわけないだろ。
4. 自分が「できる」ことはアピールせんでいい。今はマトモかどうかだけアピールしろ。
5. 先輩を見かけや態度で選ぶな。キモくてもすげえ人はすげえ。
6. 新人が即戦力なわけねぇ。今は見て仕事覚えろ。
7. 新人に即戦力を求める会社は全員バカかブラックだから、1秒でも早く仕事覚えて辞める準備しとけ。
8. ブラックでも今すぐは辞めるな。仕事も覚えず辞めた新人に次はねぇ。
9. 会社を全面的に信用するな。完璧な人間など居ないように、完璧な会社などない。
10. 同期は大事にしろ。そのうちの何人かは、会社辞めてもあと20年オマエを助けてくれる。
いい人生をな!
2009年04月10日 10時51分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
税込みの意味が変わっとる
何年か前に課税売上の上限が引き下げになり、僕も消費税納税者となった。新しく納税者になるときには、税務署で開かれる説明会があって、それに出席しなければならない。そのときの説明では、
1. 納税者になったからといって収入が5%減るわけではない。
2. なぜならば、これまでの請求金額にプラスして、消費税を請求することになるからである。
3. こうやって消費税は、お金の流れに乗って次々に事業者間をパスしていくという制度なのである。
という話だった。
原稿料というのは、だいたい最初の交渉でx万円(税込み)みたいな格好で依頼される。ここで言う税込みとは慣習として源泉徴収税を指すわけだが、最近はこれに消費税を加えた請求書を出すと、「税込みってのはありとあらゆる税が込みという意味なので、消費税もこれに入ってる」と言われるケースがパラパラと出てきている。
出版社や新聞社は手慣れたもので、そういうケースはまずないのだが、消費税分を値切られるのは法人とか団体とかからの直接依頼の時である。たぶん消費税込みの税込み経理をやっているからなのだろう。
しかも大抵そういう依頼は原稿料が安い。ただこちらとしては、法人などが出すレポートは社会的に意義のあることだから、割が合わなくても寄稿するのだけど、さらにそこから消費税分がまるまる減収になるわけで、本当に泣きたくなる。最初の交渉の時に、いつも消費税の話をしなければならないというのは、結構な負担である。オレが悪いんじゃないんですよ的な言い訳をしているように感じてしまうのだ。
なんか、もうちょっとスマートな制度設計にできなかったのかなぁ。
2009年04月08日 22時31分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
春のイメージ
今日は入学式だったところが多かったようで、昼にジョギングしたら、真新しい制服の子供とスーツ姿のお父さんお母さん方を大量に見かけた。丁度桜も散り始めで、めでたさ倍増である。
僕の生まれた宮崎県は、春の訪れが東京よりも1ヶ月ぐらい早いので、入学式に桜のイメージはまったくない。ヘタをすれば卒業式前に散ってしまうこともあるぐらいなので、式典で桜というイメージがないのだ。よくランドセルのカタログで、真新しいランドセルに桜吹雪といった構図があるが、宮崎県人にはあの風景がまったく実感できない。
そういえば、入学式に真新しいランドセルというイメージもあるが、実際入学式の日は式典だけなので、ランドセルなんか背負っていかないんだよね。うちの娘のときはそうだったけどなぁ。これもある意味作られたイメージというやつだろう。
桜の花というのも不思議なもので、つい写真を撮りたくなるが、だいたい撮った写真を見ても、現場の壮絶感のようなものまでは取り込めてないような気がする。たぶん桜に感じる壮絶感というのは、普段の見慣れた風景が突然1週間だけ桜色に染まるという、日常生活をいっぺんにひっくり返す感覚なんだろう。
その1週間のためだけに、あちこちに桜が植えられているということ自体、ちょっとしたいたずら心のようなものかもしれない。
桜が散ると、次は八重桜である。これはなかなか散らないので、あんまりありがたみがないという、気の毒な花である。やっぱり汚くなる前にパッと落ちて終わるのが、さっぱりしていて喜ばれるのだろう。
2009年03月31日 20時12分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
著作権法を抜本的に見直し?
複数のニュースで取り上げられているが、文化庁が著作権制度の抜本見直し図る「基本問題小委員会」など4つの小委員会・部会を新設するそうである。中心はフェアユースの導入であるというが、補償金のそもそも論を話し合うとする報道もあるようだ。
文化庁自身が、著作権法を抜本的に見直さないとダメだという結論に至ったという点に関しては、多少意外であったが、取り組みとしては素直に支持したい。ただ、腰を上げるのがいつも遅い。
というのも、すでにデジタル・コンテンツ利用促進協議会やコンテンツ学会のネット利用調整制度に関する民間審議会「提言」では、著作権法を抜本的に見直すのは無理というスタンスで、著作権法をバイパスするか、最小限のバッチを当てる程度で先へ進めるための特別法の準備に入っている。
ある意味、文化庁飛ばしである。文化庁主催の著作権法の議論ではいつまでも前に進めないことは、ここ数年でよくわかった。従って4月から立ち上がる基本問題小委員会などでは、もっと長いスパンの話をやることになるのだろう。
さて、果たしてどのようなメンバーが招集されるのであろうか。その顔ぶれで、ある程度文化庁がどういう方向に持っていきたいのかがわかることだろう。
2009年03月27日 22時49分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
寝相ロケット
僕も家内も子供の頃から寝相はいいほうで、朝起きたら布団からはみ出していたとかベッドから落ちてたというようなことは、記憶にない。しかしどういうわけかうちの子供は2人とも、ものすごく寝相が悪い。隔世遺伝なのかはたまた環境が悪いのか。
上の娘がそうなのだが、たいてい子供の寝相なんてものは、布団を蹴っていたり、横に転がったりするというのがパターンであろう。
予想外の展開を見せるのが、下の娘である。暑ければ横に転がるとかすればいいものを、上方向に向かって自分自身が飛び出していく。かといって上方向に無限の空間があるわけでもなく、うちの場合はすぐ上に和箪笥がある関係で、いつも夜中にごっつんとすごい音がする。
このままこれを繰り返しては馬鹿になると思って、横幅の長いクッションを毎回娘の上部にセットするのだが、どういうわけかそれをすり抜けて毎晩ごっつんしている。いったい夜中に何が起こっているのであろうか。
2009年03月25日 23時55分 [ PC ] [ 社会 ]
湯たんぽさんパねえっす
三寒四温とは良く言ったもので、春めいた日よりで桜も咲くかと思ったら、ここ数日は妙に冷え込んでいる。暖房を付けるほどでもないが、足下から伝わってくる冷気に身震いする。
そんなときにちょっとイイ感じなのが、湯たんぽである。たぶん湯たんぽの実物を見たことがある人は、もう少なくなっているかもしれない。昔僕が子供の頃に見たのは、金属製のカメのような格好のものだった。今でもちゃんと売っている。
最近ドラッグストアなどで売られている湯たんぽは、ジェル状のものがビニールに入ったタイプのもので、「ゆたぽん」という。電子レンジで数分暖めると、7時間ほど暖かさが持続する。
実は昨年これを買ったのだが、今年使ってみると、暖かさが3時間程度しか持続しない。1年も経つと、特性が落ちてしまうのかもしれない。
そこで今年は、お湯を入れるタイプの、本物の湯たんぽを買ってみた。金属製ではなく、ポリ容器のようなタイプである。
お湯といのは、シンプルだが大した保温力である。ヤカンで10分ほど湧かせば、7時間ほどは暖かい。これに足を乗せているだけで、全身あったかだ。寝るときはあらかじめ布団に入れておく。
ぬるくなったら、また水をヤカンに戻して沸騰させる。今度は冷たい水ではないので、10分もかからずに沸騰する。使わなくなったお湯は、お風呂に入れることで、無駄なく利用できる。
熱エネルギーをやりとりするのだという概念で考えれば、かなり効率のいい暖房器具である。熱湯を使うので、今の目線で見れば安全性には多少問題があるのかもしれない。だがこういうシンプルで高効率なものは、長く残るべき知恵の一つである。
2009年03月11日 00時22分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
米国リアルストアの相次ぐ撤退から考える
米国の不況はかなり深刻なようで、先週は全米で展開する家電量販店Circuit Cityが全店閉鎖するというニュースが出ていた。
こないだ1月にラスベガスのCircuit Cityにテレビの価格調査で行ったばかりだが、商品はそれなりにあるものの、日本人の目からすればあまりにも売っているものが凡庸で、店としての特徴がないように見えた。そしてなによりも、お客がほとんど居なかった。店員の姿もレジに2人、入り口に警備員が一人といった具合で、とてもこの広い店舗全域をカバーしているとは思えない数であったのを覚えている。
サンフランシスコでは、マーケット通りのApple Storeの向かい、ヴァージンメガストアズが閉店、撤退するそうである。これは数年前にどこかのブログで書いたように思うが、こちらも当時、とにかく客が居なかった。お昼時だったからという気もしたが、そこそこの観光地でお昼時だから人が居ないということもないだろう。むかいのApple Storeの賑わいとは対照的で、iPodは売れてもCDは売れないという、新旧の入れ替わりがまさにあの交差点で行なわれていたのだ。
今後リアル店舗は、特徴を出さないと生き残れない時代が来るだろう。日本にもいくつかの家電量販店がひしめき合っている。以前は価格面でカメラ系量販店が幅をきかせた時代もあったが、今は電器系量販店もほぼ同じレベルとなっており、品揃えも変わらない。
商品の見せ方や、お店作りといったテクニックを重視する人もあるかと思うが、それが効くのは店舗に足を運んだ人がその場で買うか帰るかというだけである。むしろお店の存在そのものに意味がないことには、通販でいいやというタイプの人に届かない。
ではリアル店舗の意味とはなにか。それはネット検索がもたらすピンポイント性に対して、リアルなモノ探しの課程で遭遇する雑多なブツや情報が、いかにコントラスト鮮やかに存在するかであろう。
その一つのヒントは、中古市場のあり方だ。筆者はよく中古カメラ屋を覗くのだが、そこにはざっくりとメーカー別といったカテゴライズがあるのみで、あとは値段別にシビアに場所が分かれている。
元々大して買わなくてもいいものを、自分が自由に使える懐具合相応のコーナーに貼り付いて、これはまだ使えそうかな、これは一体何に使うものだ? といった雑多な情報に触れること自体の楽しさと、現物が触れるという最大の情報がそこにある。
つまり、目的のものの周囲にどれだけ関連製品への誘導や情報があるかという、提案があっていいのだと思う。それは売らんかな的な関連周辺機器を並べるのではなく、競合の別ソリューションがあってもいいわけだ。例えば掃除機の隣に箒とチリトリがあって、これの価格差何倍だよということを再確認するのも楽しいし、畳だったら出がらしのお茶ッぱ撒いて掃除するとホコリまで綺麗に取れるんだよね的な知恵があってもいい。
リアル店舗は、その存在そのものがエンタテイメント化していかないと生き残れない、とまでは言い過ぎだろうか。
2009年03月06日 22時12分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
春眠
最近外出した後など特に、目が痛いのと眠いのとで、夕方から寝に入ってしまうことが増えている。やっぱり花粉キテルのかなぁ。
「春眠暁を覚えず」という言葉があるが、昔の人も実はそうとは知らず花粉症だったのではないかと邪推してみると、少し楽しい。ちなみにこの言葉は、漢詩の一部だそうである。
2009年03月04日 22時25分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
いつでもココロに余裕
一昨年引っ越ししたのを機に、うちの電話番号も変わったわけだが、NTTさんに丁度語呂が良い番号が空いてますよということでそれにしてもらった。ところがその番号、局番違いで末尾がどこかの大きな病院と一緒だったようだ。
その局番も、アナグラム的な似方をしている。例えばうちが345だとしたら、病院は354といった具合。こういう番号のかけ間違いをするというのは相当焦っているわけであるから、大抵間違い電話は深夜か早朝にかかってくる。
番号違いますよというと、チッと舌打ちして切るぐらいはまだましなほうで、こっちがコデラですって言ってるのに「昨日内科で診察を受けたxxですが保険の件でね」と人の話を聞かずにしゃべり出す人や、「病院じゃないってどういうことぉ!」と逆ギレされたりする。いやそういわれても違うものは違うのでー。そういう人は病院の正しい番号を伝えても、いや確かにそうかけてると言って絶対に自分の非を認めないから困ったものだ。
まるで切羽詰まった人の人間図鑑みたいなことになっちゃっている。こっちもいい加減怒りたくなるが、向こうはこっちの番号をきっちり知っているわけだから、むやみに怒らせて嫌がらせされてもつまらない。最近は妻も慣れたもので、事務的にてきぱきと間違いを指摘してさっさと切っているが、まあそういう対応が無難なのだろう。
焦っていても、非礼があったときは詫びの一つもスムーズに言えるような人間になりたいものである。
2009年02月24日 20時26分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
僅差の負けは勝ったも同然の罠
ギャンブルにおける僅差の負けは、脳内では勝ったときと同じ反応を示すという、興味深いエントリーがあった。
これを読んで、確かに思い当たるフシがある。うちの親族にパチンコ狂いの者があるのだが、法事やなにかで彼の話を聞くと、こないだのサマージャンボでは当選と10番違いだった、きっと売り場であと一人前に並んでいたら当たっていたに違いないだのと下らぬことをいつまでもよく覚えていて、いかにも自分が当たったも同然のような物言いをする。
なぜこの人はこうも「運」に対して絶対の自信が持てるのだろうといつも不思議に思うのだが、なるほど、僅差であるということを意識すると、負けた気にならないということなのだろう。
僕は仕事でよくラスベガスに行くが、それを話すとプライベートはほとんどギャンブル三昧だと思ってうらやましがられる。ところが筆者は昔からまったく賭け事をしないし、パチンコはおろか麻雀、囲碁将棋の類もまったくやらないので、ギャンブル好きの人から見れば、無駄にラスベガスに行ってるとも言える。
これは聞いた話だが、競馬と競艇というのは、ギャンブルの中ではもっとも両極なのだそうである。競馬はあまりにもたくさんの予測パラメータがあり、レースも序盤から中盤、終盤まで駆け引きが続くのに対し、競艇はあまり予測できる要素がなく、スタート直後の順位からはもう抜き差しがほとんどない、堅い勝負なのだという。
勝負の違いはあれど、勝った経験が何度かあり、僅差で負けが続くと、やめるタイミングを失うのだろう。まあそういうお金が地方自治体を潤している現状もあるわけで、よく流行っているギャンブルを持っている市は結構福祉が充実していたりする。老後は案外、そういう場所でギャンブル場の恩恵だけをいただいて暮らすのが幸せかもしれない。
2009年02月19日 23時55分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
過去の業績にまで罪を問う愚
ミュージシャンの鈴木茂氏が大麻取締法違反容疑で現行犯逮捕されたことを受けて、過去に参加した複数の作品が発売停止になるそうである。CDだけでなく、音楽配信も停止されている。
たしか以前、Napsterで「風街ろまん」が配信されていたのを聴いた覚えがあるのだが、今探したらすでに見つからなくなっていた。
一体なんのために販売を自粛するのだろうか。確かに犯罪を犯したことでアルバムの売り上げが伸びるのであれば、プロモーションのために犯罪を犯す者も出るかもしれないし、それは社会的に好ましい状況とは言えない。しかしそんなことを意図せぬ過去の作品まで、逮捕によって汚れたとでも言うのだろうか。
こういうのは「禊ぎ」でもなんでもないし、コンプライアンスともまた違うものではないかと思う。権利者団体はこのような行き過ぎた自粛行為にこそ、文化の冒涜として異議を唱えるべきである。
2009年01月31日 12時51分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
ネット安全安心全国推進フォーラム
文科省主催、「ネット安全安心全国推進フォーラム」リアルタイム中継。
2009年01月21日 23時25分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
我が名はNinja
米国でのいたずらの話。
レストランなどで入れなくて順番待ちになると、予約の名前を聞かれるのは日本もアメリカも同じ。もちろんスタバとかでも名前を聞かれたりするよね。だが日本人の名前は彼らには馴染みがなく、こっちが正確に伝えたとしてもだいたい変な風に変換されている。そんなわけで米国だけで通用するニックネームを決めている人も居るようだが。
そこで同行したライター仲間のzさんが編み出したのが、名前を聞かれたら「Ninja。」と答える技。一言言えば大抵はスペルまでちゃんと合っている。ただ反応は様々で、無言でNinjaと書き込む人も居れば、「Ni、Ninja?」と焦って聞き返す人もいるという。
日本には忍者という性の人がいるという間違った常識が蔓延したら、具体的にはzさんのせいです。
2009年01月14日 02時48分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
小銭一掃
以前栗原さんに教えて貰った効率的な小銭の消化方法(http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2008/12/post-520b.html)をサンフランシスコ空港の免税店で実行してみたところ、あっさりOK。というか先方も手慣れたもので、コインだけで4ドルもあったのだが、カードとの合わせ技でゴディバのチョコレートに化けた。
この技は海外取材が多い同行のライター陣も知らなかったので、にわかに流行するかもしれない。
というわけで出張のお土産だが、日本では売ってないLogicoolのdiNovo Keyboard Mac Editionをあちこちで探したのだが、どうもまだ売ってないっぽい。ちなみに発売済みのはずのdiNovo Edge Mac Editionも見あたらず。15年ぶりぐらいにMacユーザーの悲哀を感じた。
イヤホンは2つ、あとは円高に便乗して11nのルータなどを購入。CES会場で死ぬほどいっぱい見たVivitarのカメラは、Fly's、Circuit city、Best Buy、Walmartを回るも、どこにも売ってない。ああいうのどこで売ってんのかなぁ。Kodakとかのあのクラスのは売ってるんだけど。
今回お土産は、お目当てのものは何一つ見つからず、余計なものばかり買った気がする。家族用のはいいのがあったんだけどね。
また4月にNABで渡米するので、そのときまたがんばろう。
2009年01月06日 00時11分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
最初の就職は失敗するもの
以前もこんな話をどこかで書いたような気がするが、まあいいや。毎年この時期には、ネット上で就職の話題が多い。すでにある程度は景気が後退しているのだが、今後はテレビ業界が大氷河期に突入することはほぼ確定なので、ますます厳しくなることだろう。
僕が就職なるものをしたのは、1984年。かれこれ25年も前だから、今の人にはあまり参考にはならないだろう。だが、昔はこんな感じだったというのを知るのも、話としてはおもしろいかもしれない。
大学生は3年生の夏あたりから就職活動をするのが今の相場だというが、25年前はまだそんな早い段階での就職活動というのはなかったように思う。だいたい4年生の夏ぐらいからみんな始めたのではなかったか。まあそのあたりは、よく知らない。
というのも僕は2年制の技術系専門学校卒なので、事情がだいぶ違う。専門学校というのは、普通は就職率が高い。というのも、今でいうブラック企業が大量に即戦力&使い捨て要員として採用していたからである。最初から有名どころに就職できるのは、優秀というよりも運がいいという部分が大きかった。
当時のことを調べてみると、ナウシカの公開、ドラゴンボール連載開始など、現代に開花する種が蒔かれた時代だったといえるかもしれない。数年後に迎えるバブル景気に向けて、経済は上り調子だった。従って、「兵隊」の大量雇用が必要な時代だったのである。
しかしそんな中でも、つまらぬところへの就職を嫌って、バイトで暮らすという者も現われたのが、この頃の特徴だった。僕はなにぶん仕送りに頼る身で、その年に父親が定年退職したこともあり、就職浪人するという発想は全然なかった。また、バイトで暮らすということも、自分には考えられない選択肢だった。
思えば、就職よりもバイトを選んだ級友らは、東京・大阪などの大都市出身者が多かったように思う。都会暮らしのコツというものが、自然に身についていたのだろう。その点で僕は、田舎者が一人で暮らすということに対して、自信が持てなかった。
当時はまだ、終身雇用は伝説ではなかった。しかし運良くか運悪くかわからないが、テレビ業界というのは転職に転職を重ねて、スキルアップしていく業界であるらしいことがしばらくしてわかることになる。同期入社した11人は、僕が辞める4年目には半分以下になっていた。
最初の会社での処遇は、認めてくれる人も幾人かはいたが、全体的にはまったく恵まれなかった。自分の能力を使いどころが、よくわからなかった。F1レーサーを目指したのに、実際の仕事はタクシー運転手、ぐらいのズレがあった。最後には本部から離れた小さな編集室に出向のようなことになり、楽ではあるが、つまらない仕事をあてがわれた。
最初の会社を辞めるとき、社長、専務とは喧嘩のようなことになってしまったが、直属の課長はよく理解してくれた。課長はまっすぃーんのように正確な編集をする人で、当時の僕はよそのことはあまり知らなかったが、おそらく日本でも3本の指に入るぐらいの技術の持ち主だと思っていた。
課長は常に孤高の存在で、あまり人と打ち解けて話などしないタイプの人だったが、自身もよその会社から移って来て、自分よりも年上のチーフ連の上に立っている人間だったからだろう。最後に挨拶したときも、辞めることに関しては、僕をうまく使えなかったことを詫びつつも、よそに行ってやり直すべきだと言ってくれた。
次の勤め先は、決めていなかった。とにかく疲れたので、しばらく実家に戻って療養することにしたのだが、帰って2週間ほどで、父親が脳梗塞で倒れることになる。
今にして思えば、よくそのタイミングで会社を辞めて帰っていたものだ。父親が入院している間、家業である酒とたばこの納税の仕方が誰もわからなかったので、僕が近所の酒屋さんに習いに行ったりした。今でも酒瓶の種類と銘柄で容量とアルコール度数がそらで言えるのは、このときの経験である。
そのとき僕は、24歳になっていた。
2009年01月05日 18時31分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
米国取材の心得
明日からCESの取材で1週間ほど渡米する。以前旅慣れないころはずいぶん大荷物だったのだが、だんだん持ち物がこなれてきて、最近はトランクがガラガラで困っている。
一つの要因は、持って行く衣類が減ったことである。以前はシャツなどをたくさん持って行ったものだが、最近はシワにならないスウェット地やフリース地の上物を2~3着持って行くだけにした。機材面でも大幅な減量をした。最近は展示会などでも、大きなカメラを持って行くのはやめて、コンパクトデジカメかビデオカメラで写真を撮っている。
それでも以前失敗したことがある。風邪薬などの薬品はもちろん持って行っているのだが、預け荷物の中に入れてしまっていた。ところが風邪というのは現地でひくのではなく、移動中にひくものなのだ。昨年のNABの時は成田に向かうNEXの中で貰ったらしく、なんかのどがおかしいと気がついたのはすでに荷物を預けた後だった。
空港の中の薬局はとても小さく、なんだか富山の置き薬みたいな「あー昔あったよねこれー」的な薬しかなくて、とても困った。薬類は手荷物に携帯しておいた方がいい。
あとはまあアメリカなんで、パスポートとクレジットカードがあればなんとかなるだろう。
2008年12月31日 22時20分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
潰れる会社の空気
年末にふさわしい話題なのかどうかわからないが、夜逃げや倒産の話題がぽつぽつと聞こえてきている。僕もフリーランスになって10余年、ものすごくたくさんの会社と付き合ってきたわけだが、過去つきあいのあった会社の倒産を目の当たりにしたことは何度もある。何せバブル後の大不況をフリーランスで経験したのだから。
こういうことを繰り返していると、なんとなく倒産する会社の雰囲気というのがわかるようになる。会社側がいくら外部に隠そうとしても、わかってしまうのだ。
やばい会社というのは、まずいつも行く雰囲気に比べて、なんとなく上の空というか、浮ついた感じが出てくる。次に、普段見たことのない背広を着た若手が、現場をうろうろし始める。彼らは銀行から出向してきた人間で、業務のてこ入れというよりも、事業として芽がなさそうかをチェックしに来ている。
社員に比べてフリーランスは時たましか行かないので、そのあたりの雰囲気を敏感に察知して、早めに手を引く必要がある。倒産するときは、予告もなく一気に来るものである。
年の瀬になると思い出すのは、あるマンション編集室の倒産だ。12月25日の支払日にギャラが振り込まれず、いくら電話しても貸事務所のおばちゃんが「社長は外出中なので折り返し連絡します」という具合にらちがあかない。27日ぐらいに編集室に行ったら、社員編集マンにも給料が支払われず、社長はどこにいったのかわからないという。
これはやばいと思い、そこから会社宛に電話。電話はすべて貸事務所に転送されているので、相変わらず貸事務所のおばちゃんが同じことを繰り返す。
「何言ってるんですか、オレはその会社で働いてる者です。社長が金持って逃げた。このまま連絡取れないと、あんたたちも取りっぱぐれますよ!」
というと、さすがに貸事務所のおばちゃんもやばいと思ったのか、速攻で社長の携帯に繋いでくれた。こうして年の暮れにようやく社長をとっ捕まえて、振り込みさせたのを今もよく覚えている。今考えればずいぶん無茶だったが、まあビデオ業界というのは、社長が夜逃げ同然に逃げるのはよくある話だったのである。
出版社が潰れたのも、2件遭遇した。そこも直接乗り込んで、その場で社長から現金でギャラを払ってもらった。
これから初めてそういう修羅場を迎える人は不安だと思うが、あきらめないで考え得る方法を全部やったほうがいい。派遣も社員もアルバイトも、もらえるべきものがもらえないというのは、経営者の責任なのである。
会社を思いやって、自分が我慢すれば、と思う人もあるかもしれない。でもその我慢は、結果的に誰もありがたいとも思わない。会社が倒産するというのは、そういうことなのである。
2008年12月16日 22時38分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
焼酎のお湯割り
九州の家庭に育つと、夜は大抵オヤジが焼酎のお湯割りを飲む匂いと付き合うことになる。子供の頃は、なんであんなくさいものをわざわざさらに匂いが飛ぶようにして飲むのか、まったく理解できなかったのだが、最近は僕自身がこのようなオヤジ化しているわけである。
お湯割りで飲むメリットとしては、飲んでる割にはあんまり酔わないということがある。25度ぐらいのアルコールを半分ぐらいに割るわけだから、だいたい12〜3度ぐらい。ワインよりちょっと弱いぐらいだろうか。
しかし匂いは強烈にするわけだから、ものすごく沢山飲んでるような気になる。たぶんそのあたりの効率の良さが、働くオヤジにとっては楽なのだ。
また寒い夜には、体が温まるという効果が大きい。世の中にはホットで飲んでうまい酒というのは、それほど多くない。そんなものの一つが身近にあって、ラッキーである。
2008年12月08日 15時00分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
存在そのものを隔離した例
今日も今日とて大麻汚染に関するニュースが報道されているが、以前の議論でちょっと気になることを思い出したので、書いてみる。
大学生だったか自宅警備員だったか忘れたが、自宅すなわち親元で大麻を栽培していて逮捕された例があったと思う。そのときに、親がなぜ気づかない、という指摘がなされたのには、違和感を感じた。
というのも、ほとんどの日本人は、大麻草が自生している姿など見たことがないだろう、ということである。僕自身も葉っぱの形状などはイラストなどで見たことぐらいはあったが、どんな感じでその葉っぱが成るのか、といった植物総体としての形というのは、自分で調べるまで知らなかった。また、「独特の匂いがする」ともいわれているが、その匂いで大麻であると判断できる人が、日本にどれだけいるものなのか。
それを、「親がわからないのか」は無理だろう。規制に関して云々の議論は、ここでは行なわないが、規制されるのであれば、それがどういう姿のものであるかという情報提供は、誰でもが知る形で行なわれるべきである。
今年に入って突然盛り上がった、未成年者に対するネット有害情報規制の行く先というのは、この大麻問題に被るような気がする。
2008年12月02日 12時06分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
効率的なCentの処理
来年早々のCESに備えてパスポート番号を確認する必要があったのだが、一緒に大量のcentコインが出てきた。今年NABの取材で渡米したのが米国行きの最後だったのだが、米ドル用の小銭入れを忘れてあらゆる買い物で紙幣を出していたので、結果的にものすごい量のおつりを貰うことになったのを思い出した。そういえばいつもは、ABCマートなどでの支払いでは小銭を一生懸命出して減らしていたんだった。
日本だと、どんな支払いシーンでも結構小銭を出す習慣があると思うんだけど、米国ってなんかカード払いじゃなくてもあんまり小銭を出している人って見かけないよな。貰った小銭は、一体どうしているのだろうか。瓶にでも貯めて、まとめて銀行などに持っていったりしているのだろうか。
かと思えばジュースの自動販売機が25セントしか受け付けなくて、何個25セント玉入れりゃいいんだよってことになるよな。あの国って不思議だ。
日本での換金はコインは受け付けていないし、なんかこう、合理的に処理する方法はないものかなぁ。





