コデラノブログ 3

ダウンロード違法化はついに何かの引き金を引いた

すでに多くのメディアが報道しているように、昨日の文化庁 私的録音録画小委員会にて、ダウンロード違法化という結論が出されたようである。

そもそもこの委員会自体、かなり恣意的な生い立ちを持っている。05年の法制問題小委員会では、補償金は廃止を含めて検討という結論が出たにも関わらず、その結論をなきものにするために登場した。その懸念はすでに06年の段階で、委員となった津田大介も僕も懸念していたことである。

そもそも名前からする通り、本来ならば補償金の行く末を考える委員会であるのに、補償金に関することは何も決まらず、決めたことと言えばなんの実効性もないダウンロード違法化のみであるわけだから、結局この委員会は本来の機能を果たすことなく終わるわけである。

そのダウンロード違法化だが、そもそもMIAUが立ち上がったのは、この提案に反対するためであった。先日1年目のエントリーを書いたばかりだが、当初の目的が達成できなかったのは残念だ。

本丸とも言える補償金の拡大が決着しなかったのは、民意を汲んだわけではなく、メーカーが反発したからだ。この件に関してパブリックコメントという民意は、ことごとく無視されている。

ダウンロード違法化は、実行されれば状況を悪くするだろう。そもそもストリーミングがベースのサービスがお構いなしということで、反抗的なネットユーザーによってさらに違法アップロードが増えることが予想される。そうなればストリーミングも規制対象となり、罰則化も検討されて行くだろう。こういうことは、効果がないとわかると、必ず規制がエスカレートするものである。

その先には何があるか。権利者が狙うように、またみんなが一生懸命DVDやCDを買うようになるなどというのは、幻想だ。コンテンツは単純にメディア露出が減ることで、いいコンテンツと出会う機会損失が大きくなる。どんなにいい作品が市場に出ようとも、中身を知る機会がなければ買わない。中身を知らずに前評判だけで3000円4000円出すほど、今のネット慣れした若者はそれに価値を見出さないだろう。

この改正で萎縮するのは違法ダウンロードではなく、コンテンツセールスそのものである。ただでさえ今は、市販コンテンツよりもCGMのほうが面白いのではないかということに、多くの人が気づき始めている。「高いお金を出してプロ野球を見にいくより、自分たちで草野球やったほうが楽しい」ということである。何もプロが作ったコンテンツでなくても、アマチュアが無償で作るコンテンツで充分楽しめるという世の中は、もう一部では到来している。

日本特有の傾向として、コンテンツを自分自身で作ること自身も、コンテンツ化するだろう。自分で学ぶ楽しみ、作る楽しみは、何かにつけて器用な日本人なら、必ず見出せるものである。

この決定は今後の日本のプロコンテンツ産業にとって、いい結果はもたらさないだろう。これほどまでに人がプロパガンダで動かしにくくなった時代は、過去なかったのだ。

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