2008年09月 の記事
2008年09月30日 20時42分 [ Blogmag ] [ ネット ]
ネット規制法がすでに「手柄」になってる現実
今日、ヤフーとネットスターの仕切りで「子供たちのインターネット利用について考える研究会」というのがあって、出かけていった。プレスも相当来ていたので、今日の模様はそれなりにまとまった量の記事になると思うので、内容に付いてはそちらを見ていただくとして、だ。
気になったのが、自民党、民主党の議員にとって、すでに「青少年ネット規制法」というのは、「オレが頑張っていいことした」という手柄に転嫁されていることである。僕らMIAUは自民・民主両党の、かなり初期の法案の段階から入手して精査してきたが、元々の法案はそりゃあひどいものだった。
それを現状の努力義務に丸めたのは、政治家自身の判断による方向転換ではなく、プロバイダの5社声明だったり、参考人招致で正論を述べたマイクロソフトの楠さんらの働きによるものである。そこを努力義務に落とし込んだからこそ、現状の各プロバイダ・キャリアのネットリテラシーへの取り組み運動が生まれたわけで、あれが議員立法でそのまま通っていたら、日本のネットと携帯は文字通り「終了」していた。
今度の衆議院総選挙、マジで青少年ネット規制法案に対してどんなスタンスだったのか、ちゃんと地元候補者に確認して、国家権力でネットを掌握したいと考えた人間は上に上げない努力をしなければならない。そうしないと、次の法律の見直し時期である3年後に、今のネットが終わることになる。
今総務省では、民間の「自主的取り組み」活動の把握と、その成果を評価する準備に入っている。もし自主的取り組みで成果が上がらないと判断されれば、次は法的制限、警察の介入というフェーズに入ることになる。
ネットの未来を掴むチャンスは、今度の総選挙だ。もし漠然と、これまでの付き合いで投票する両親や祖父母がいたら、君たちがちゃんと話をして、考えて貰ってくれ。もちろん君たちも選挙から逃げないで、ちゃんと「ネット法に対してどういう考えか」を確認して、国の介入を促進しようとする議員は、確実に落として欲しい。
我々が実際に政治に介入できるチャンスは、選挙しかないんだ。あとで外野からワアワア言ったって、それはただのヤジでしかない。
考えろ考えろ。
動け動け。
2008年09月29日 12時48分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
小女子(コオナゴ)殺害予告犯の何がいけなかったのか
2ちゃんねるに「小女子焼き殺す」と殺害予告した男が、懲役1年6ヶ月を求刑されたそうである。これに対して行き過ぎだとか、表現の自由の侵害だといった意見もあるだろう。僕が思うにこの事件で彼がいけなかったのは、すごく単純なルールを破ったことだった。つまりそれは、
「ガチな大人をからかっちゃいけない」
ということである。からかう、揶揄するといった行為は、テレビなどで芸人が大物タレントに対して平気でやったりして、多くの人の感覚がズレてきている部分はあると思うのだが、本当の姿を知らない人が多いというのは仕方がないことかもしれない。
毒舌で知られる芸人なんかは、収録前に大物タレントの楽屋に必ず挨拶に行くし、収録が終わった後も失礼があったら詫びに行くのが普通である。それで「あそこをOAするのはちょっと…」という話になれば、編集でカットする。それを怠ると、次はない。
冗談もわからないのかと怒る人も世の中には居るようだが、冗談を言うにはそれなりのスキルが必要である。
1.自分がそれを言って許されるキャラか
2.冗談がわかる相手か
3.冗談が言える状況か
4.通じなかった場合にすぐフォローする準備ができているか
少なくともこの4点は、軽口を叩く前に頭の中ですばやく計算すべきであろう。今の人は空気を読む能力が高いそうなので、誰に対してもその能力を存分に駆使して欲しい。若い頃、キツい冗談が過ぎてずいぶん人生を損した僕からのアドバイスである。
2008年09月26日 12時19分 [ Blogmag ] [ ネット ]
アルファブロガーって本当に居るような気がしてきた
以前アルファブロガーって言葉が輸入されてきたとき、「ないない、日本それないからww」とか思っていた。当時はブログって有象無象あって、誰もが10回に1回ぐらいいいこと書く、そんな状況だと思っていたし、実際昔は基本的に日記ベースだったので、まあそんなとこだったんじゃないかと思う。
しかし最近ブログのランキングなどを眺めていると、ああこの人またランクインしてるなーという、レベルの高いところが目立つようになっていたように思わないか? いや確かにレベルの高いブロガーが育ってきているように思う。
その裏側で、その10回に1回良いことを言うタイプのブログって、減ってきているような気がする。それは単にランキングからはじかれて、目にとまらなくなっているのかもしれない。実数が同じでそう感じるのであれば、情報の集約化が行なわれることで多様な意見が取りこぼされている可能性がある。
また本当にその10回に1回ブロガーが減ってきているのであれば、そういう芽のある人材がもう情報発信をしなくなってしまって、単にウォッチャー側に回ってしまったという可能性もある。1行コメントで才能を使い果たしてしまっているのならば、なんともったいないことよ、と天を仰ぐ気持ちである。
ある程度まとまった文章を書くと言うことは、感情を思考としてまとめ上げる訓練となると思っている。それはすなわち、「考える」ということと同じ話なんじゃないかな。ただ相手構わずネットで大公開する必要のないネタを上げるというのは、ちょっと違うよね。
今はもう常時オンラインが当たり前の世の中だけど、話のネタはオンラインとオフライン、きちんと分けて考えないとね。
2008年09月24日 22時54分 [ Audio ] [ Blogmag ]
寂しい夜のお友達
一人で出張に行ったりすると、ホテルで暇になったりすることがある。夜の街をふらふらして楽しいようなところならいいが、そもそも人家がないとか、危なくて出歩けないといったシチュエーションに遭遇したとしよう。
買い込んだビールでも飲みながら本でも読むか、というところだが、音楽がイヤホンだとどうにも窮屈だ。いやまあ出張だからそれぐらい我慢しろよという話もあるのだが、お風呂上がりだったりすると耳にイヤホン突っ込むのもどうよ、ということも当然あるわけで。
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そんなときにあったらいいかも、というのがLogiCoolのPure-Fi Mobile(PF-700)である。バッテリで動く小型スピーカーで、ユニットが4発あるように見えるが、実は左右2発である。中央寄りの2つは、パッシブだ。
もちろんこのサイズでは低音の出などは期待するだけ野暮なわけだが、サウンドプロセスが上手く、自然なサラウンド感を結構感じる。何よりも面白いのが、BlueToothで携帯電話に繋がることだ。つまり完全ワイヤレスでベッドサイドに置いておけるわけである。
BlueToothをマッチングしたあとは、携帯から音楽を再生するだけという手軽さだ。ただ筆者手持ちの携帯(922SH)では、音楽ファイルを直接叩いても再生せず、内蔵のメディアプレーヤーから再生しないと、BlueTooth側で鳴らなかった。
今のところWMAしかテストしていないが、この音質ならば旅のお供に加えてもいい。あとPCなどにもBlueToothで繋がるので、ビデオを見たりするときにも使える。
ところで次の出張は、もう来年のCESぐらいまでないんじゃないかという予感。
2008年09月23日 10時07分 [ Blogmag ] [ ネット ]
Googleが好き過ぎるとGoogle Chromeが使えない
Google Chromeがデビューして3週間、そろそろ話題も尽きかけてきたようだ。僕もリリース直後から早速使ってみたんだけど、結局今はFireFoxに戻ってきている。
というのも、僕は複数のPCでブックマークを共有するためにGoogle ToolBarのブックマークに全部突っ込んであるのだが、いやGoogle製のブラウザでToolBar使えないってのはどうなの。
それからブックマークに入れるほどでもないテンポラリ的なURLメモは、Googleノートブックを使っているのだけど、それも使えない。
アドオンに対応するって話も聞くのだけど、まず最初に自社製ツールが使えるようにならないと、なぁ。
2008年09月18日 21時15分 [ PC ] [ 放送 ]
B-CASカード、戻る
ソニー全社をあげて(この辺脚色してます)探していただいたB-CASカードが、本日無事返送されて参りましたー。いえー。
で、さっそくテレビに突っ込んでみたところ、問題なく映りましたー。ええー?
個人的には、映らなくなっているというのが本来の意味からすると正解のような気がしていたのだけど、どうもただの紛失の場合は、カードの再発行はされても元カード情報はそのままスルーのようである。
いやしかしこれ、実際にカードを個別にリモートで停止できるシステムになっているのだろうか、という疑問も湧く。もし停止できるとしたら、BSの放送波にカード個別の停止信号を乗せるしかない。ネットを使うという手もないこともないが、中にはモデム接続だったり、あるいはそもそもネットワークに接続していないテレビもあるだろうから、それは無理だろう。
ただの紛失にはいちいち対応しないということは考えられるが、もし盗難など緊急性の高い場合は、果たして対応できるのだろうか。いや仮にできたとしても、そういう個別対応を公共の電波に乗せて日本全国に放送するというというのは、放送倫理的に結構大胆な話だと思うが、どうなんだろうか。
2008年09月17日 12時08分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
結局社会は「イヤなことを言わないヤツ」で回るのではないかという仮説
インターネットが広く一般に普及して以来、イヤなことを言われたとか、いやだってホントのことだろとか、人と人との諍いやトラブルが表面化するようになった。というのも当たり前で、誰にでも公開の場で諍いをやるわけだから、それは人の目に付いて当然である。
基本的に人間というのは、自分に関わり合いのないもめ事を他人事のように眺めるのは大好きなので、それらの喧噪はリンク数の増加、サーチエンジンの検索順位上昇、ブックマーク数といった要素を媒介に、加速度的に人を集めてゆく。
しかしよくよく考えてみれば、インターネットがなかった時代にイヤなことを言うやつが居なかったかというと、決してそんなことはなかった。実社会では上司や同僚に、必ず言わなくてもいいことを言う人間が居るものだ。そしてそれらは、面と向かって言われるというのが普通であったわけだ。
だがこれらは、普通1対1で言われるので、おおごとになることがなかった。そっと自分の心の内に秘めて、酒の席などで気の置けない仲間に愚痴るぐらいのことで済んでいたわけである。
しかしインターネットが社会インフラとなり、SOHOや在宅勤務も特殊なことではなくなった現在、実社会で人に合わなくても、そこそこ仕事ができるようになった。現実社会でイヤなことを言う人に会わなくても、済むようになったということである。
一方インターネットのパワーというのは、実際に会うことが難しい、とても優秀な人と関わりが持てるということである。そういう優秀な人は、いちいちイヤなことを言ってこない。だから人が集まってくるし、結果としてその人は加速度的にすごいことをやってのけられる。
その反対にインターネットは、こちらから呼んでもいない相手が勝手に関わってくるということが避けられない。リアルでようやく避けられた「イヤな一言」が、今度はネット通じて勝手に向こうからやってくる時代になったのだ。
それらのイヤなことは、「相手にしない」ということで解決できる。だが言われっぱなしなのが気に入らないということで直接やり合うと、冒頭のような結果になるわけである。
さて、物事を成し遂げる効率ということを考えていくと、誰ともわからぬ相手にけんかを売る時間というのは、なんの生産性もないので無駄である。つまり、イヤなことはスルーするほうが効率的であると、優秀な人なら判断するだろうし、企業のような営利を追求する法人ともなれば、なおさらである。
ということは、この「イヤな一言」は、社会に対して何の効力も改善ももたらさないということになる。仮にその中に金言や教訓が含まれていたとしても、「言い方が悪い」というだけでスルーされる世の中になった、ということである。
イヤなことを言う側は、そもそも自分の意見を聞けというわけでもないのだろうし、一種の憂さ晴らしに過ぎないのだろう。だが、本当に自分の意見を誰かに実現して欲しいという段になって、嫌味でしかそれが伝えられなくなったら、たぶん一生その人の意見は顧みられることはない。
ものには言い方ってもんがある、というのは、今更ながらみんながもう一度意識しなければならないことであろう。イヤなことは全スルーがデフォ。
そして物言いがいい感じの人のところに有益な情報や人が集まり、ポジティブな空気の中で世の中をうごかしていくというのが、スマートな社会なんじゃないかな。
で、そこに参加できるかできないかは、その人の心がけ次第ということになるわけである。
2008年09月12日 16時13分 [ Blogmag ] [ 社会 ]
充電か、乾電池か
いくつかのメディアで報道されたが、先日女子大生が携帯電話充電のために駅構内のコンセントから電気を盗んだとして、神奈川県警相模原署が窃盗容疑で摘発した事件があった。被害額は3銭であったという。
おそらくこの女子大生は、日本では公共施設の中でも勝手にコンセントを利用すると、盗電にあたるということを知らなかったのだろう。これを通報したのは通行人だというが、逆にその人は、それが窃盗に当たるということを知っていたのだろう。
携帯の充電など、コンセントを使うまでもなく、コンビニに行けば乾電池式の充電器が売られている。逆にこの女子大生は、充電用のACアダプタなど、よく持っていたなと思う。もしかしたらこれまでも、度々知らずに利用していたのかもしれない。
米国では、公共の場所にあるコンセントを利用しても、窃盗にはならない。米国の空港でみんなでコンセントをシェアするというのは、よく見られる風景である。一方日本の空港では、VIPラウンジで利用者に開放されているものは別として、そこらへんの壁のコンセントから充電したら、窃盗である。
もう何年も前に、筆者はコーヒー1杯でモバイル機器が充電できる「充電喫茶」をやったら流行るのではないかと考えたことがある。しかし現在は、充電されるのを固定された場所で待つよりも、コンビニで乾電池式の充電器を買った方が手っ取り早い。
PCも近頃は、飛躍的に低消費電力になり、節電モードなら3時間ぐらいは普通に動くようになった。それでもまあ、一日中外に出ていれば、どこかで充電したくなる。最近はマクドナルドでも、コンセントを配備した店がところどころに見られるようになった。しかし、あらかじめそういう用意がない店では、勝手に壁のコンセントを使う前に、使っていいか店の人に聞いた方がいいだろう。
今後燃料電池が実用化されれば、PCもコンビニで燃料電池を買って継ぎ足せる時代がくるかもしれない。しかしそれより先に、乾電池内臓可能なバッテリケースを作った方が現実的か。
どこかのメーカーがやってくれないかな。
2008年09月10日 18時39分 [ Blogmag ] [ 放送 ]
B-CASカード見つかる!
こないだなくした貸出機に突っ込んだままで返却してしまったB-CASカードだが、なんとなーくソニー広報さんに話してみたところ、すばらしい検索能力で「見つかりました!」と連絡があった。
郵送で送り返してくれるそうである。すごいねソニー。ちゃんとした会社は違うね。
ところでそのカード、まだ使えるのか? という素朴な疑問がある。いや、こないだ電話口でB-CASの番号を聞かれたのは、それで個人情報をひも付けしていて、住所などを探すためだったのである。やっぱり番号を聞いたってことは、個別に停止してるのかな。
戻ってきたら使えるかどうか、試してみたい。
2008年09月08日 23時15分 [ Blogmag ] [ 放送 ]
小寺信良、B−CASの軍門に下る?
B-CASカードの再発行手続きなるものを、やってみた。
というのも、こないだレビューしたSONY 「BDZ-X100」の貸出機にB-CASカードが入ってなくて、うちのテレビのやつを挿してたんだけど、返却時にうっかり抜くのを忘れてて、そのまま返してしまったのである。
たぶん今頃別のレビュアーのところに回っているだろうから、取り返すのも望み薄である。しかもその間テレビが映らないというのが、大きな問題だ。
しょうがないので、B-CASカードの再発行手続きなるものをやってみた。誰かの参考になるかもしれないので、顛末を書いておく。
まずB-CAS社に電話して、紛失の手続きをする。一応紛失理由なども聞かれるので、正当な理由がないと難しいのかもしれない。勇者の方は、「フリーオに使うのでもう一枚ください」とか言ってみて欲しい。どういう反応になるのか、教えて欲しいな。
僕は正直に、「小寺信良と申します。私はAV機器のレビューなどをしておりまして云々」という事情を説明した。すると「まあそれは紛失ということになりますね」ということであった。
それから再発行には、無くしたカードの固有番号が必要である。それはカードが入っていた紙に書かれているので、無くさないように。それを伝えた後、再発行になる。
料金は2000円ちょうどで、郵便局の代引きで届く。手数料など全部込み込みで、2000円丁度である。2〜3日で届くということだが、それまでに見つかって不要になった場合は、代引きの受け取り拒否をしてくれればいい、ということであった。
日曜日に電話したのだが、なんと今日のお昼に届いた。手際よすぎ。
届いたカードは、紛失した番号とは全然違うものが届いた。再発行とはいえ、同じ番号では再発行しないもののようだ。ということは、僕の前のカードは今もどこかで元気にデコードを続けているのだろう。
カード発送のご案内には、「今後とも弊社をどうぞよろしくお願いします」と書いてあった。何も悪いことした覚えはないのに、「テレビを見せない」という仕打ちをするのが1株式会社であるというところに、釈然としない気持ちを覚えた。
2008年09月07日 09時04分 [ 社会 ]
ゼロと透明を証明する話
昨日のMIAU法人化パーティのエントリーで、触れなかったことがある。あまり団体のことばかりを商業ブログで書くのは憚られるのだけど、団体を立ち上げた経緯からずっとこのブログでフォローしているので、その説明責任はあるだろう。
MIAUは法人化する以前から、多摩大学 情報社会学研究所 所長の公文俊平教授にご意見を伺ってきた。というか、我々の活動趣旨から考えても、情報社会学の権威である公文先生にアドバイスを頂くのは、妥当だと考えたからである。
立場として後見人?、顧問?、アドバイザー? とかいろいろな名称が検討された。何か団体の上に就任していただくことになれば、たぶん幾ばくかの顧問料をお支払いするのが筋なのだろうが、我々は収入源がないのでお支払いするお金もない。無料でお引き受け願えませんかと図々しくも申し上げたところ、快く承知していただいた。ただ、責任とか決定権とかが先生のところに行かないよう、ご意見を拝聴するのみということで、後見人ということにさせていただいた。
で、そういう関係をこれまで公にしていなかったので、法人化発表の席で一つご挨拶をいただきたいと思い、その旨をご招待する皆様宛にメールで、協力会員の皆様向けにメーリングリストでお送りした。
ところがその件に関して、メーリングリストに池田信夫先生から強烈な批判の声をいただいた。MLに投稿されたものなので私信ではないとは思うが、僕の方からは公表は差し控えさせていただく。必要があれば、池田先生の方で公表されるかもしれない。
公文先生が贈賄に関与しているというような内容だったが、我々としてはそれを確認する手段がない。そもそもそれはGLOCOM(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)での出来事で、MIAUとは関係ない話なのである。僕はGLOCOM自体をほとんど知らないので、交渉とか取引とかではなく、単に一体どういう話なんですかこれ、という事を池田先生から直接伺おうと思ってご連絡したのだが、断わられてしまった。
我々としてはなんのことだかさっぱりわからないし、困ったのう、ということで、今度は公文先生にお話を伺うことにした。ご自宅にお邪魔して1時間ほど、経緯などを含めてお話を伺ったのだが、公文先生としてはこのような問題になにもMIAUが巻き込まれることはない、君たちは君たち本来の仕事をすべき、ということで、後見人を辞退される意思を示された。
我々としては、後見人にはなって貰えないわ、パーティにも来て貰えないわ、池田先生には絶縁されるわで、踏んだり蹴ったりの何一ついいことがないのだけど、公文先生が引き受けないとおっしゃるものを、こちらで勝手に認定するわけにも行かない。いろいろあきらめるしかないね、というのが現状である。
ごく個人的な感想を言わせて貰えれば、池田先生もMIAUを積極的に潰そうというご意思はないのだと思う。ご本人の信じる正義で動いていらっしゃるので、周辺の細けぇのが巻き添えで吹っ飛ぼうが、あまり気になさらないのかもしれない。これまで放送行政での見識は大変参考になったのだが、もうお話を伺う機会もなさそうなのが残念だ。
公文先生も、人柄を申し上げるほど親しくお付き合いさせていただいているわけではないのだけど、何度かご意見を伺う中で我々の活動趣旨を支持していただいているし、浅学な僕にもわかるようにお話いただくので、大変ありがたかった。もうMIAUにコミットしていただくのが難しくなったのは残念である。我々は我々だけで、頑張っていくしかない。
ただ池田先生のブログにあるような、公文先生がMIAUにお金とか仕事をくれたとかいう話は、全然ない。
これまで我々の収入らしい収入と言えば、以前LivedoorからMIAU名義の連載を貰っていたことがあって、それの原稿料があるのと、昨日のパーティで参加費を頂いたので、それの経費を差し引いた残り少しと、パーティで寄付箱にカンパいただいたお金、僕らにあるのはそれだけである。昨日のパーティ会場も、本来そういうことをする場所ではないのだけど、我々の趣旨をお話ししてご厚意で貸していただいた。
こないだのGSVのシンポは初めての有料イベントだったのだけど、会場費と登壇者に謝礼をさしあげたらきれいさっぱりなくなってしまった。あんまり参加費を高くしたくなかったし、沢山の人に来ていただけることが重要なので、あれはあれで良かったのだろう。
池田先生には過去MIAUのシンポに2回ご登壇いただいており、そのときは無料イベントだったので、ギャランティもお支払いできなかった。その辺の台所事情もご理解いただいていると思っていたので、お金に関して疑われたのはとても残念だった。我々としては空っぽの財布をさかさに振って、ズボンのポケットを裏返して見せて、お金ないんですというぐらいしか証明する手立てがない。ないものを証明するというのは、難しいなぁ。
今後我々としては、池田先生と公文先生の両方から距離を置いて、我々に求められている本来の仕事を頑張っていく。それ以外にも、我々に黒とか赤とかのペンキをぶっかけようとしている人がいる。おそらく我々が無給・無償でこんなことをやっているということが、理解できないのだろう。
また外側から我々を巻き込んで、利用してやろうとする人もいる。こういう人こそ、心底MIAUをどうでもいいと思っている人である。いやそんな買いかぶられても困るっすよ。我々は色を投げつけられても時間をかけてはじいていくような、無色透明な強化ガラスでありたいと思う。
昨日パーティの席上でも活動方針をお話ししたのだが、今後はみんなが疑問に思ったり、難しくてよくわからない問題を、専門の先生をお呼びしての勉強会などを積極的に主催して行こうと思っている。お金の話ばかりしてほんと、申し訳ないのだけど、それの会費を収入源で頑張っていこうと思う。
次回勉強会があるときは、カンパだと思って参加してくれるとうれしいです。あとMIAUに研究とかレポートとかやらせてくれるところがあったら、紹介してください。長文に付き合ってくれてありがとう。Asciiさんこんなエントリーでごめんなさい。
2008年09月06日 15時24分 [ Blogmag ] [ ネット ]
法人化記念パーティ
昨日はMIAUの法人化記念パーティだった。今年初めから法人化の手続きを進めてきたのだけど、約款を作ったりなにをしたりと、結構時間がかかる。まあそのほとんどは幹事連と事務局長が段取りしてくれて、オレなどははあはあそうですかと頷いていただけなのだけど。
そんなわけで昨日は、法人化記念で日頃からお世話になっている方、今後お世話になりたい方をお招きして、法人化記念パーティを開いた。立食で申し訳なかったが、約50名の皆様にお集まりいただいて、ご寄付までいただいて、本当に感謝である。そういう皆様に支えられて我々がありますよ。
打ち上げを兼ねてつい3次会まで突入。本番のパーティでは何も食べずにご挨拶して回っていたので、結構食べた。お開きになったのが4時過ぎ。明け方帰るなんてのは、Content's Futureの出版記念パーティ以来のことである。
しかも渋谷でこんなに遅くまで飲んだのは、NHK時代以来。もう15年ぐらい前のことである。渋谷が眠らない街なのは今も昔も変わらないが、変わったのはみんな時間の使い方が上手くなったこと。
始発20分ぐらい前にホームに立ったのだが、誰もいない。しかし始発5分ぐらい前になると、突然わんさか人が集まってくる。昔は始発の時間などその場で調べる術がなかったので、あてもなくホームで待っていたりしたものだが、そういう点で夜更かしの仕方も、ずいぶん効率がよくなっている。
またどうしようもなく泥酔した人も少なく、昔の始発の風景とはずいぶん様変わりしている。若い人はあまり酒を飲まなくなったと聞くが、そういうところもスマートになった。
携帯とネットの普及で、リアルに会って話すという機会は少なくなりつつあるが、やっぱり人は会って話さないと、本当に面白いところはわからない。「酔っ払う」という変調がかかることで本音が聞けたりということもある。
やっぱり一番面白いコンテンツは、「人の話」かもしれない。
2008年09月04日 12時07分 [ Blogmag ] [ 映像 ]
雲動画アップ
そういえば告知するのをすっかり忘れていたが、以前のエントリーで作業中と報告していた素材動画を、ニコニコモンズにアップした。
http://www.niconicommons.jp/user/2477
雲の流れは、高速で見ると面白い。作品として使わなくても、見るだけで結構「おおー」って感じになると思う。以前はマンション住まいで見晴らしが良かったので、そこから夕焼けが撮影できたのだけど、今は西側に電車の高架が走っていて景観がイマイチ。今ならハイビジョンで撮れるわけだが、自宅からは撮れないのが難点だなぁ。
2008年09月01日 21時09分 [ Blogmag ] [ PC ]
PC用キーボードをMacで
最近原稿を書くのに、WindowsよりもMacの方を使っている。理由は以前も書いたかもしれないが、スクリーンフォントが見やすいので、目が疲れないのである。
それはそれでいいのだが、Macで使えるいいキーボードが少ないというのが難点であった。以前売っていた純正の白いメンブレンのやつも買ったが、どうもキーの戻りの力が弱いようで、長時間タイプすると指にしびれるような疲労感が残った。最近新しくなった平たいキーボードは購入していないのは、ライター仲間の間ではあまり評判がよろしくないので躊躇しているからである。
以前ITmediaの記事にもしたことがあるが、うちにはMacの古いキーボードが2つあって、このタッチが気に入ってはいる。だが時には東プレのも使いたいし、なんとかキーボードが供用できるようにならんものかと思っていた。
そんな折知ったのが、PC Keyboard Hackというソフトウェア。PCのキーボードをMacに繋ぐと、文字は打てるのだが、Ctrlなどのキーアサインが合わないので、ショートカットを使うときが不便だ。そのアサインを修正してくれるソフトである。
Macの利点はもう一つあって、英語キーボードと日本語キーボードのつなぎ替えも、再起動しなくていい。つまり気まぐれにあれこれキーボードをつなぎ替えるには便利な環境なのだが、キーボード自体に選択肢がない、というのが問題だったわけだ。
今この文章は、MacBookProに外部モニタを繋ぎ、東プレの業務用キーボード、「キャパシティブ・コンパクトキーボード」で入力している。LEDが点かないという問題はあるが、とりあえず字を書くぶんには問題なく動いている。
長らく「無理」と言われていたことが少しずつ可能になるというのは、誰かが気にしてこっそり頑張ってくれているということなのだろう。こういう世界が、好きだなぁ。





