2008年08月06日 16時23分
「日本インターネット報道協会」について再考
先日「日本インターネット報道協会」についてのエントリーを書いたあと、ニュースの出所を注意して見るようになった。
そんな中、昨年の記事だが、こういうものがあった。
『あるある』渦中フジ社長、記者クラブ員と豪華宴会
記事は上中下の3部作であるが、昨年のCXの「あるある問題」に対して、記者クラブがらみで取材できなかったという経緯があったようだ。これに奮起して、ネットニュース各社でも記者クラブを、という気持ちは、個人的にはわからなくもない。
ただそれが本当に必要かという点は、難しいところだ。例えば仮にこの懇談会に入れたとしよう。そして一般の記者と同じような饗応を受けたならば、彼らは記者クラブの連中と違った記事が書けただろうか。むしろネットニュース社の意義とはこの記事のように、旧態然とした癒着の構造の外側で、粘って粘って張り込みをして情報を取るほうに、価値があるのではないか。
ネットニュースが独自に記者クラブのようなものを作れば、それは現状の記者クラブのような、別の排他的な組織を形成するだけではないのか。例えば彼らが開いた記者会見に、筆者は入れるのだろうか。
今多くのニュースは、紙媒体の新聞社からの配信が主流であり、ネットニュース各社は新聞社というよりも、どちらかとえば「通信社」の位置づけに近い。ネット上のニュースは、「選ぶもの」であり、「見比べるもの」であるのだ。
情報の価値という意味では、大新聞と同じ立場で記事を書くことが、重要であるとは思われない。それらはすでにあるものだからだ。
オリジナルの立場で、大手と差別化された記事を書くということに、ネット発のニュースとしてのアイデンティティがあるという考え方では、経営が難しいのだろうか。
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