2008年06月13日 16時57分
テクノロジーと「人の心」のバランス
秋葉原で起こった無差別殺人事件では、現場を興味本位で携帯などで撮影する一般市民に対して、多くの人が不快に感じたようだ。また事件直後の模様をUStreamで「中継」した人もあったようである。
それができるテクノロジーを手にしていれば、使ってみたくなる気持ちはわからなくもない。だがそれを多くの人が不快に思った行為なのであれば、それはやはり「悪いこと」だったのだろうと思う。
マスコミはやってるじゃないか、と思われるかもしれないが、もともとマスコミの行為には常に「卑しさ」が伴うことは、逆に一般の方のほうがよくご存じだろう。
それなのに、やっぱり自分が現場に立てば「卑しい」ことをしてしまうのは、人は今やうっかりすると「情報餓鬼」に陥ってしまうのだろうなぁと思ってしまう。
しかし人は、学習する生物である。今回の事件で、やってしまった自分の行動に空しさを覚えた人は、次の機会には控えるだろう。「できるが、やらない」という判断は、高度な人間性によってのみ支えられる。
この記事へのトラックバックURL
http://blogmag.ascii.jp/admin/mt-tb.cgi/1190
この記事へのトラックバック(0)
- 前の記事:
- 次の記事:





