コデラノブログ 3

2008年05月 の記事

フィルタリングのイベントに行ってきた

今日18時から行なわれた、経産省とJEITAのフィルタリングキャンペーンのイベントに行ってきた。

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ある程度予想はしていたことだが、経済産業大臣政務官の山本かなえ氏が、「有害サイトから子供たちをどう守っていくかという中で、フィルタリングが大変有効」と挨拶、実際には親の立場の人に向けた啓蒙であり、子供に使いなさい、という趣旨であることが明らかになった。

フィルタリング自体の啓蒙という趣旨は理解するところだ。何せPCの普及率に対して、現在フィルタリングソフトの利用率は1割にも満たない。

経産省、JEITA、日本インターネット協会でコンセンサスを取るのも、それなりに時間をかけた話だろう。またキャンペーンもヨドバシを始め、ビックカメラ、エイデン、デオデオ、ベスト電器など、大手量販店の協力を取り付けている。パンフレットも10万枚用意したということで、昨日今日持ち上がった話ではないことはまず間違いないだろう。

方向性としては、各個人による自浄効果を高めるという方に向いていると信じたいのだが、始めるタイミングが最悪である。折しも自民・民主でネット規制法案が来週にもまとまり、いよいよ国がネット規制に乗り出すというこのタイミングでは、単なる啓蒙ではなく、各団体ともネット規制に対して賛成なのか、という立場を明らかにせざるを得なくなった。

来週以降の法案の行方次第では、ネット規制反対の矛先がこのキャンペーンに向くというのは、想像に難くない。そもそもフィルタリングのプリインストールが義務化されればもうキャンペーンもへったくれもないという事に気づけば、筋が違うということもわかるはずなのだが、なかなかぱっと見そうとはわからないところに、この問題の難しさがある。

JEITAはフィルタリング規制賛成派?

JEITAが経済産業省が主催する「フィルタリング普及啓発キャンペーン」に協力するそうである。

もともと経産省のJEITAの蜜月関係は言うまでもないことだが、大人がフィルタリングを使って詐欺サイトにひっかからないようにしましょうって話と、青少年にフィルタリングって話は全然違う。

明日30日の18時からヨドバシアキバでイベントがあるそうだが、イタいイベントにならないか、しっかり観察すべきかもしれない。

政治家まとめサイト登場

以前「ネットユーザーに何ができる?」というエントリで、政治家がいろんな問題にどういうスタンスなのかを調べてわかるようにすべきという話を書いたが、それにいち早く手を付けてくれるところが現われた。

authority pot (concept)は、政治家のまとめサイトを目指すという。まだデータはほとんどないが、みんなで情報を突っ込んでいくうちに形が見えてくるのだろう。

こういう活動に関して、僕的にこれから調べようと思っていたことがいくつかあるので、ToDo的に列挙しておく。

例えば衆院選や総選挙にこれらは活用できると思われるが、その間にアップデートは可能なのか。公職選挙法とこういう活動がどのように関係するのか、調べておく必要がある。

政治家に対してスタンスを明確にできるのは、例えば高市議員のように立法の中心になっている人はある意味わかりやすいのだが、それ以外の政治家に関してはなかなかデータが取れない。こういう場合は、その政治家の選挙区民が後援事務所宛に質問状を送るのがいいようだ。そもそも票田でない人からそんなことを質問しても、よほど影響力のある団体からでなければ、答える義理はないと一蹴されてしまう可能性もあるからだ。

こういう活動は、ある程度組織化した運動とセットになると強い。何もかもMIAUでは手が回らないので、何らかの活動団体が立ち上がってくれるとうれしい。

よろしい、ならば戦争だ?

JEITAが取ったアンケートによれば、「地デジ放送に補償金は不要」が78.4%だったそうで。

しかしこのアンケート、実施しているというのは全然知らなかった。報道によれば、4月18日から21日に実施、サンプル数は500人だそうである。ネット上で実施ということだけで、どういうサンプリングなのかよくわからない。

500人という数字はこの手のアンケートにしては少なすぎると思うし、しかも1ヶ月以上前の結果を今頃だしてくるあたり、記事内にもあるように批判をかわす目的はあるだろう。というかこういう結果を突っ返してきた以上、もう単純にタイミング見計らって「やっぱ補償金払いますからダビング10やりましょう」って話には収まらないだろうと思う。あきらかに双方とも感情的になってきている感じがする。

ちなみにMIAUでもこの問題に関するアンケートを実施していて、これは締め切りが5月30日、すなわち今週金曜日までである。今からでももの申すという人は、参加していただきたい。

ちなみに中間報告も受け取っているが、まあ案の定ものすごい結果が出ており、まさに我々がどういう層に支持されているかがよくわかるちゃーよくわかる結果となっている。集計結果のほうもお楽しみに。
ちなみに男女比率もものすごいことになっているので、なるべく女性の方にお答えをお願いしたい。マジで。ホントお願い。

しかしここにきて、想像以上にガチな勝負になってきているなぁ。

今日はダビング10関連が盛りだくさんだ

スタート時期に関しては補償金のなりゆき次第ということになっていたダビング10だが、補償金委員会も決着が着きそうにないということで、次回の委員会が延期になったそうである。

そもそもダビング10というか、現状のコピーワンス緩和方針は、最初から消費者の利便性が置いてけぼりだったわけだが、さらに消費者から懸念の声が上がってきた補償金でまた揉めるってところが、もうどうしようもない。

個人的な持論は、音楽に関しては補償金アリならDRMなしというのが妥当で、放送に関してはそもそも無料放送にDRMかけること自体に根拠が希薄じゃないの? というところなので、今の状況はもう明後日の議論のように思える。

しかも権利者側は、この件でメーカー非難の記者会見をするようだ。こうなるともう喧嘩は目に見えているので、まあダビング10は実現しないまま終わるんじゃないかなぁという感じがしている。

そうこうしているうちに、著作権にフェアユースが導入されれば、そもそもDRMが無駄、補償もいらないでしょ、という方向になるかもしれない。どちらかといえばそっちを支持した方が、幸せになれそうだ。ただ抵抗は多いとは思うが。

制限速度

パトカーや捜査車両、救急車などの「緊急自動車」も、高速道路で制限速度があるらしい。まあそらそうだろうが、100km/hってキツいな。

以前ライターの西川善司氏宅に遊びに行って、「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」という映画を見たことがある。彼はおバカ映画の収集家なので、こういうツッコミどころ満載の映画上映会を時々開催するのである。

その中の1シーンで、「日本の高速道路では100km/h越えるとパトカーは追ってこない」というような台詞があって、その場にいる全員「うそつけー!(笑)」と突っ込んだのだが、案外法的には根拠がある話だったようで、今更ながら驚いた。

Panasonicの挑戦?

乾電池2本で動くロボットでグランドキャニオンにチャレンジというニュース。

すいません、「エボルタ」って電池そのものを知りませんでした。(笑)
てことはなに? オキシライドってもう古いの? えー最近使い始めたぐらいなのにー。まさかこの期に及んで一次電池がこんなにマメに進化するとは思ってなかった。

しかしロボットが560m登るとは言っても、どういうアクションで登るかでずいぶん電力効率が違うと思うが、その辺はどうなんだろう。まさか滑車で登るわけじゃないよな、ヒューマノイド型なんだから。

グランドキャニオンには一度行ったことがあるが、そのときは上から見下ろすという状況だった。あそこって広大な浸食地なので、実際には谷なのである。今度はグランドキャニオンの谷底に行ってみたいなぁ。

携帯を持たせないという決断

調子に乗ってFireFoxを3 RCにしたら、ブログシステムのMovableTypeがちゃんと動かなくて困った。

さて、先週の土曜日に運転していてラジオで聴いたニュース。

「小中学生に携帯電話持たせるな」教育再生懇提言へ

やれやれ、とは思ったが、ある意味そういうことを言い出す団体もあるだろうとは予想していた。子供を犯罪や有害情報から守りたいという気持ちはわかるし、「そもそも与えない」というのも、一つの判断である。それは親が判断することだが、持たせないことのデメリットも材料として提示できる必要はあるだろう。

「通話と居場所確認機能に限定した小中学生向け携帯の開発を求める」というプランも提示されているが、実際にこれは「キッズケータイ」というのがあった。うちの子供にも勧めてみたのだが、「こんなダサいのやだ」といって相手にされなかった。

まあ、「もしもし」しかできない電話だったら、そもそも子供は欲しがらないのである。よってこういうものを今更再開発しても、強要でもしない限り全然売れないだろう。

それにしても、この声明を発表した教育再生懇談会の座長が慶應の塾長ってのは、致命的にしょっぱいなぁ。Think C、Think Filtering、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)などを立ち上げ、反規制の中枢となっているのが慶應DMCなだけに、中村伊知哉さんのしょっぱい顔が目に浮かぶようである。

どこから突っ込んでいいものやら

TechnoBahnによれば、米国税関が入国者が所持するPCのデータを丸ごとコピーする制度を考えているという。

現在米国への入国には、左右の人差し指の指紋を採られ、顔写真も撮られるわけだが、さらにPCの中身を全部吸い取られることになる。いや丸ごとコピーって、どんだけ時間とられんだよ。

だいたいこのインターネットの時代、データを持ち込もうと思えば物理的にハンドキャリーで持ち込む必要などないのに、一体何がしたいのだろうか。ぞっとするというより、バカすぎて話にならない。まさか出国するときには、入国時の状態を丸ごと上書きされるんじゃあるまいな。

シンポジウム動画アップ

すでに自力で見つけている人もいるんだけど、5月1日の青少年ネット規制法案に対するシンポジウムの動画をアップした。下記プレイリストから再生してみて欲しい。

ニコ動プレイリスト
http://www.nicovideo.jp/mylist/3668166/6656539#at_a

YouTubeプレイリスト
http://jp.youtube.com/view_play_list?p=4DE4FDDAD718A985

MIAUの公式サイトでは、当日配布した講演資料のPDFを掲載予定なので、それと一緒に見るとよくわかるかと思う。まあとりあえず早くみたい人のためにここで告知である。

ワンセグに釘を刺しておくか

総務省による、地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査結果が発表された。以前から総務省は、地デジへの移行がなかなか進まないのは、認知度が足りないせいであるとして、アピール策を強化した。草なぎ剛がしつこいぐらいにあっちこっち地デジと言って回っているのは、そのためである。

しかし今回の結果、認知度は93%にも登るのに、地デジを視聴していない理由のトップが、「居住地域で地デジ放送が開始されていない」である。受信機の普及が進まないのは、放送されてないからだ。放送開始と対応機器購入は、卵が先か鶏が先かの話ではない。放送が見られなければ、買わないのは当たり前である。

将来のこの手の調査で、ワンセグが入り始めたときは要注意である。というのも、ワンセグは12セグに比べて受信しやすいため、12セグが映らない地域でも映る。電波到達地域は公開されたデータがないようだが、エリアが倍ぐらい広がるようである。

地デジ普及率の数字にワンセグを混入したら、ドエライ数字が出てきてしまうことは想像に難くない。また昨年にはすでにワンセグケータイの累計出荷が1000万台を突破した。これを受像器の数字に組み込んだら、大変な数字が出てきてしまう。ここはしっかり見ておきたいところだ。

また補償金も、ワンセグへの動きはきちんと確認しておきたい。ワンセグケータイを始め、USBワンセグ機器などは、録画機能を持つものが大半だ。補償金の議論にワンセグが登って来たら、これもまた大変な数字になる。

これまで補償金は、「メディア課金」が中心だった。CD-RやMDなど、大量消費されるメディアの価格に上乗せされているわけである。iPodへの課金議論で注意しておきたいのは、これが通れば事実上「デバイス課金」への移行が本格化することである。

そうなれば、本体に録画可能なケータイや、さらにはメディアを内包しないUSBワンセグチューナー単体にもPCで録画できるとして、課金しないのは整合性がとれない、という議論になってしまう。

普及率と補償金、この2点にワンセグを絡めないよう、常に監視することを忘れないようにしたい。

知らないなら黙ってればいいのに

以前のエントリで、「いつまでも従来の新聞のような『責任なき批判』では済まないだろう」と書いた。そして新聞は今も、責任なき批判どころか、問題そのものがわかっていない情報を出し続けている。

本日付の読売新聞の社説に、「ダビング10 メーカーの頑固さ、なぜ?」という記事がある。一応リンクも張っておくが、読売新聞はタイトルで検索すれば1年間は探せるようなので、あとで来た人は読売新聞のサイト検索を使って探して欲しい。

本文を読めばおわかりだと思うが、この記事を書いた人は、この問題をまったくウォッチしておらず、場当たり的に先日の録画録音小委員会に行っただけ、ということがわかる。要約すれば、「お上が決めたルールに従わないバカメーカー」という程度の認識である。問題の経緯を知っていれば、このような結論になるはずがない。

「問題があるなら、どうすればいいか。はっきり主張して制度作りに協力すべきだ。」

この一文だけでも、問題に対する理解度のなさがわかる。補償金の問題が持ち上がってかれこれもう3年以上経過するし、小委員会自体もその制度作りを検討して、2年目に突入する。法制問題小委員会時代から数えれば、3年目に入るわけである。このような無知な批判は、小委員会全体の経緯や努力に対する冒涜である。

「消費者団体の委員も理解を示す中、メーカー側の委員だけは「10回に増えても制限があるなら補償は不要」「補償金の対象が際限なく広がる」などと反対した。」

ここでいう消費者団体の委員とは、主婦連の河村氏のことだろうと思われる。以前MIAUで開催したダビング10シンポジウムにおいて、河村氏自身もダビング10に関して積極的に推進していないことを表明している。

彼女は一般消費者の立場として、「限られた選択肢のなかでどっちがマシか」という話をしているだけで、補償金に関しても前に進むための一時的な暫定措置として仕方がないという現実的な考えを述べている。07年末に文化庁が提案した、補償金廃止へ向けてのプランに対し、補償金廃止と私的利用の自由を交換条件で考えるべきではないという考えを示している。

さてここで津田大介の意見を消費者団体の意見として捉えていないということは、この記事を書いた人は彼がMIAUの代表幹事であり、今は消費者団体の代表と言えるという事実も知らないのであろう。MIAUには法人格がなく消費者団体とは認められないというのであれば、実は主婦連も法人ではなく任意団体である。しかもMIAUは法人化へ向けて動いており、今後はある意味主婦連より消費者団体らしい体裁を整えつつある。

無記名で社説ということは、たぶん社内でエラい人が書いた文章なのだろう。つまりこれが読売新聞の総意であると取るに足る文章であるいうことでもある。こう言っては何だが、朝日新聞でさえ、問題は正しく認識している。読売新聞社内でも、問題を正しく理解している人もあるだろう。その人達の顔に泥を塗った責任は小さくない。

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ダビング10と心中するか補償金

6月2日開始という計画だったダビング10も、どうやらその日開始はない、ということのようだ。昨日また文化庁が私的録音録画小委員会で、iPod補償金の話を持ち出してきた。音楽だけでなく映像の方も、ダビング10対応のレコーダに補償金を課す考えだ。

朝日新聞の赤田氏は、ダビング10を人質に補償金を通すのではと予測しているが、事実このような動きがあるとしたら、それはタチが悪いと言わざるを得ない。権利者側への反感は、また増大するだろう。

それなら消費者側は、ダビング10はいらないから補償金もなし、という選択肢がある。ダビング10などもともと筋が悪い技術だし、そもそもがオリンピックに間に合わせるための暫定合意策にしか過ぎない。そのオリンピックもなんだか素直に楽しめない状況になりそうだし、まあ記録として残す人はムーブでいいんじゃないか。ずっとHDDに残しときたいもんでもないだろう。

それよりも根本的に、もうB-CASそのものが穴になってるじゃんとか、そもそも無料放送にDRMって意味わかんないですけど、っていうちゃぶ台返しをしてしまったほうが、話はずっとすっきりする。

国として一番困るのは、国民がいつまでもアナログ放送に依存して、デジタルに移行しないことだ。私的複製の範囲で自由に番組の保存や複製などができないのであれば、アナログ放送停波をきっかけにテレビ見るのやめる、せいぜいワンセグをだら見する程度の人手を挙げてー、とアンケートを採ったら、いい具合に楽しいことになるかもしれない。

そういえば、NHKの福地茂雄会長が「若者のテレビ離れに危機感」という記事も出ていた。 アサヒビールからNHK会長に抜擢されたということから、経営者としては優秀な人なのだろうが、テレビを見ない人に向かっての宣伝にテレビを使う、というプランの無意味さに、放送局の限界を見る思いだ。

ネットが原因でテレビ離れが進んでいるという分析が出ているのなら、普通はテレビをネットに持ち込むことを考えるだろう。ネットってのは日本固有の閉じたIPv6網のことじゃなくて、wwwのほうね。

だがそれができない日本独自の事情がある。最初ネットに食われることを懸念して、放送のネット乗り入れを自ら否定してしまったため、著作権法的にも放送法的にも、自ら身動きを取れなくしてしまったのである。

こう言っては気の毒だが、放送の素人である73歳のおじいさんから若者をコントロールするプランが出てくるとは、誰も期待していないだろう。むしろ膠着した放送の因習をぶっ壊すために、福地氏は外部から呼ばれたんじゃないのか? と思うのだが。

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チャンスという名の不条理

AV Watchのレビューで、キヤノンのXL H1SとRolandのF-1、そのほかIDXのバッテリやマウントキットなど、もろもろをお借りした。たぶん合計で140万円ぐらい?

これだけの機材を自由に使えるチャンスが、もしまだ現役クリエイター時代にあったとしたら、僕は映像作家としてもう一段上に上がれたのかもしれない。だが無名の映像作家にこれだけの機材をポンと借りられるチャンスは皆無なわけで、そういう意味では今だから借りられるということになる。

10数年前のギラギラした自分に対して、勿体ないような、申し訳ないような。

昨日のおさらい

昨日のシンポジウムは、企画していたUStremとの連動もうまくいった。会場にいらした方しかその効果は体験できないのだが、楠さんの講演中や質疑応答のときに、UStreamのチャット画面を前面のスクリーンにPinPして、ネット上での反応も会場に伝わるようにしたのだ。

今回機材強力していただいたローランド株式会社、ソニー株式会社の皆様にあつくお礼申し上げる。

で、だ。昨日の会場からの質問に、有害情報の判断に男女差もあるのではないか、というものがあったが、そういうことを考えたことがなかったので、こちら側もうまく回答できなかったように思う。

改めてその件について、打ち上げの席でACCSの久保田さんと話し合ってみたが、確かに母親と父親で判断にブレがあるというのはあるよね、という話と、それ以上に子供が男の子か女の子かで、有害情報の判断って変わってしかるべきじゃないのか、という結論に至った。性教育も男と女の立場の違いは当然あるわけで、それから派生する情報リテラシの形もまた、違ってくるのではないか。

海外では17歳も8歳も同じ区分ってどうなの、という問題がすでに持ち上がっており、これまで年齢層による区分のことばかり考えていたけど、男女差ってやっぱりあるよね。それを持ち込むと、ジェンダーフリーのおばちゃんたちと余計な摩擦を産むような気もしないではないんだけど、でも性差別を無くすことはできるけど、性差を無くすことはできないと思う。

この点を今のプロジェクトに引き込んでしまうのは難しいと思うが、男女差も視野に入れつつ、将来的にはその部分もいろいろな人の助言を受けながら、なんらかの形でケアすべき問題であろう。

Tell me how do you feel to be on the safe side.

2001年にAV Watchで連載を始めてから、僕は「ネットのモノカキ」になった。機器のレビューは雑誌などで少しやってはいたものの、どういうスタンスで行くかは本当に手探りだった。

いろいろ批判的なことも書くわけだが、それに関してはいつも負い目を感じていた。物作りの現場を知っているわけでもない一介の「お客さん」にしかすぎない自分にとって、一番言われてキツいのは、「じゃあオマエならどうする」という言葉である。

客観的とは聞こえがいいが、要するに無責任に気に入るとか気に入らないとか気軽に言える立場に対して、自分の意見で数億円の開発投資と開発チームの今後数年の人生が決まる商品企画者の立場は、比べることができない。しかし実際には、無責任な言葉のほうが世の中を動かしてしまっている。そんなこともますます負い目になってくる。

発言の責任を取るつもり、ということは意識していなかったが、数年前からメーカーの方に意見を求められるようになってきた。最初はレビュー内容の真意を確認するというものが多かった。こちらも言った手前、この手のオファーには100%お答えしてきたが、次第に取り上げていない製品についても意見を求められたり、あるいは開発中の製品に対してもアドバイスを求められたり、いい関係を築けるようになった。

普通こういうのは、エラい評論家さん達にとっては収入になるそうなのだが、僕の場合はそういう相談みたいなものでお金を取ったことはない。こうして少しでも、発言の責任を果たしているのかな、と思っている。

ITmediaのコラムでは、社会的・政治的問題にも立ち入ることが多くなった。当初はこれも同じように、己の無力を承知の上で問題提起できるだけでも、と思っていたが、近年MIAUの力を借りて、じゃあどうすればいいのか、ということに関して具体的に動けるようになってきた。

実際に活動するというのは、報道の本道から外れてしまうことにもなるのだが、ある件に関して批判した以上は、もう中立ではない。僕は「ニュース記者」ではないのだ。

以前「「プロブロガー」は成立するか」というエントリを書いて、商業ブログの成立には懐疑的な意見を述べたのだが、それから時代は変わり、書いた本人自身がこうして商業ブログに書き込んでいる。他のメディアでも、ブロガーを抱えているところも増えてきた。

ブログは連載記事と違って更新頻度が高いので、ネタを探すのが大変だ。一番手っ取り早いのは、誰かを捕まえて批判することだが、僕自身は個人を特定して批判することは避けている。それはおそらく、長らく勤めたマスメディア的指向なのかもしれないが、性格的にもそういうことには向いていないと感じている。

今日はMIAUの青少年ネット規制法案に対するシンポジウムがある。MIAUや僕の行動に対して、商業誌のブログでは、名指しで批判するところもある。もはや小寺信良は一私人ではなく、公人扱いになってしまったということなのかもしれない。

僕は、これだけ一般の人でも広く意見が述べられるようになったネットの世界で、お金を貰ってプロとして発言する時には、いつまでも従来の新聞のような「責任なき批判」では済まないだろうと思っている。以前なら考えることさえメディアに任せて、一般市民はそれに対して賛成か反対か手を挙げるだけしかしていなかったが、今は全体が1ステップずつ、階段を上ったのだ。

批判は、社会の正常化には必要だ。批判するなと言うのではない。

「オーケーオーケー。言いたいことはわかった。で、キミは一体何をしてくれるの?」

ということである。言うだけ言って終わりという、「神の視点」は、なにもその人でなければ言えないわけではない。独り言なら、どこかで一人でやればいい。

プロブロガーは、椅子に座っていないで、自分の足で歩き出す時がきたのだと思う。

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