2008年03月21日 15時53分
ネット権について言っとくの忘れた
先だって発表された、「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」による「ネット権」。
消費者視点で見れば、早くネットに流せよオラ的な部分が解決できて喜ばしいことかもしれない。だがコンテンツ制作市場のことを考えると、正直乱暴な気がする。
というのもテレビを例にとると、ネット権が発動できるのはテレビ局を想定しているという。これは以前コラムでも書いたことがあるが、テレビ番組の制作はその大半が制作会社で行なっており、放送局はそれらを集めて放映するだけの機能しか持たない。それなのに、制作費を全額負担しているという理由から、著作権を事実上買い上げている。
ネット権が発動すれば、それは現在の放送システムと同じで、ネットへのコンテンツ流通もまた、テレビ局支配で行なわれるということになる。一時利用を電波利権で牛耳った次は、二次利用もネット利権で牛耳る構造になるということである。
こうなると制作会社はますます疲弊し、放送局がますます太ることになる。搾取構造がより強固になるだけである。
ここまで聞くと、じゃあ契約によって制作会社にきちんと著作権が残るようにして、制作会社自身がそのメリットとリスクを元にネットに出すかどうか判断すればいい、ということになる。それは正しいのだが、現実問題として難しいのは、制作会社というのは常に解散・分離・合併が行なわれているという現状だ。
会社組織で制作したコンテンツは職務著作となるが、会社自体がもうないとか、その会社の知財の正当な継承会社はどこかで揉めるとか、実は銀行が持っていたとか、あり得る話なのだ。なにせ夜逃げ同然で会社をたたむところもあるため、残務処理などなにもしておかないというところも多い。
だいたいテレビ屋の集団で事務手続きがしっかりしているところなど、数えるほどしかない。大手制作会社でも、プロデューサーが適当なところは、経理も適当なのである。あんまり強く言うと、強面のおじさんが奥から出てくることも珍しくないのだ。これはフリーランスの編集マン時代に何度もギャラを踏み倒されそうになった経験から、間違いない。
しかし、コンテンツに罪はない。見たいという人がいるのであれば、見て貰った方がいい。ただその権利処理を行なうのが、放送局じゃないだろうと思うのだ。いろいろ方法は考えられるとは思うが、放送局にこれ以上富と権利を集中させないことが、今後のネット社会のためになるとだけ、釘を刺しておきたい。
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