2007年11月13日 20時58分
コミュニケーション速度が変える常識
このニュースに反応して。
最近真剣に、いわゆるEメールの使い方というものを再定義したほうがいいのではないかと思っている。中学生の娘が食事時にも関わらずメール合戦になるのを何度も注意したことがあるが、返信しないと友達じゃないみたいな間違ったルールが自然発生的に蔓延するのはいい傾向ではないと思うからだ。
そもそもEメールが普及した理由は、こちらの都合のいいときに情報を送り、相手も都合のいいときに帰してくれるという、リアルタイムではなくタイムシフトされたコミュニケーションの形が便利だったからだと思う。
ところが今や、元々そういうツールであったにも関わらず、まるでチャットのようなリアルタイムツールとなり始めている。これは「待てない」というよりも、元々そういうツールであるという理解がない人間にまで、リアルタイムで繋がることを目的としたケータイの威力でもって普及してしまったからであろう。
ルールが自然発生してしまうのは、文化という意味では仕方のないことかもしれない。だが、リアルタイムで文字コミュニケーションがヤレるほどのスキルのない人間までも、このルールに巻き込まれているように思えてならない。目の前の人間との会話をほっとらかしにしておいてメールに没頭するなどというのは、まず礼儀に反するのではないか。
敢えて小うるさいジジイのようなことを言うわけだが、日本人は元々礼儀正しい民族である。あまりにもDQN流が世の中の主流になることに対して、それは本当は間違ったマナーだということを、きちんと正していかなければならないのではないかという気がしている。
少なくとも、小中学校や高校でケータイやネットのマナーを教える授業があるのならば、メールコミュニケーションのあり方について、解釈を加えていくべきではないか。もしそういうことを話してくれというのであれば、喜んでどこにでも行くつもりである。
この記事へのトラックバックURL
http://blogmag.ascii.jp/admin/mt-tb.cgi/840
この記事へのトラックバック(0)





