コデラノブログ 3

宮崎はそのまんまでいいのか

8月半ばに実家の宮崎で法事があったため帰省したわけだが、1年ぶりに帰った故郷はエラいことになっていた。

IMG_0028s.jpg元々観光地というイメージではあるのだが、東国原知事人気の影響で、誰もが浮き足立っているように感じた。県庁には毎日観光バスが乗り付け、知事の入り待ち・出待ちでごった返す。おそらくタレントの時は、入り待ち・出待ちなどされたことがなかったのではないか。

商店街や空港など、おみやげもの屋が軒並み知事の立て看板とのぼりを立ててアピールする。しかし売っているものと言えば、これまでと中身は全く同じで、単にパッケージやシールを買えたもの、あるいはまさにそのまんまのものを売っているだけである。

短期的視点で見れば、わざわざタレント知事を担いだ効果として、結果がすぐに現われることも必要だったろう。しかし長期的に見れば、宮崎というブランディング向上のための努力、あるいは改革をしなければならない。

戦後から40年代ぐらいにかけては、新婚旅行のメッカとして南国・宮崎がクローズアップされた。だがそれはみんな、地元交通機関である宮崎交通が市街の中心部にワシントンヤシを植え、青島から日南に向かう海岸沿いすべてにハイビスカスを植える、青島にフェニックスを植林するなど、自然大改造を行なった結果生まれた、南国幻想なのである。

この作り物の南国プロジェクトは、破格にうまくいった。これに対して、その幸せが天賦のものであると勘違いした人も多かったのだろう。

宮崎に求められるのは、産業の改革よりもむしろ、県民性の改革である。ただ待っているだけで客が来た時代は、とうに終わったのだ。

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